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『ザ☆有頂天竜騎士』
「カイン=ハイウインド」
突然フルネームで呼ばれ、カイン=ハイウインドはむっ、とした。
聞き慣れた声だ。背後を見ると、想像通りの子供が窓枠に腰掛け、頬杖を付いていた。
こっちをみている。真剣な顔で。
ローザを待つ士官学校の帰り、カインは背負っていた荷物を地面に下ろして、彼を見返した。
「なんだよ、セシル」
「カイン・・・カイン。カッコイイ名前だよね」
「・・・はぁ」
「あーあ」
何か言いたげなセシルの顔、カインは無言で言葉を促す。
軽く頭を振って、セシルはため息をついた。
「セシル、そりゃあ嫌いじゃ無いよ、僕はさ。でも、こう何度も絡まれるとな・・・」
「なんだ、また何か言われたのか」
「うん」
彼に非はない。セシルと名付けたのは彼の養父、バロン王である。
しかしやはり女性的な名であり、彼の立場を疎う者が陰で揶揄しているのを、セシルは知っている。
「気にするなよ、気にした方が負けだ」
「分かってるけど」
「お前らしくもないな」
「そうかな」
「綺麗で私は好きよ。・・・ねぇセシル、私はどう?ローザ、ってかっこいいかな?」
唐突に待ち人が現れた。
男二人は驚いて振り返って、後ろから音も無く近づいてきたローザに慄いた。
「ローザ、もカッコイイよね、主にザの辺りが」
「ピンポイントだな」
「ホント?やったぁ」
「そこで喜ぶのかローザ・・・」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶローザ、彼女の思考は未だに良く分からない。
カインは置いた荷物を再び背負った。
「おい、そろそろ行くぞ、ローザ・・・セシル、お前も街に来いよ」
「そうする」
「荷物は?セシル」
「今日はないや」
そして三人は並んでバロンの城門を出た。
セシルが、顔なじみの門番に街に行く旨を伝える。時悪く訓練を終えた歩兵が門をくぐって来て、
幼馴染たちは辟易しながら人の流れを突っ切った。
早くも日は傾いていた。バロンの街へ続く一本道が真っ赤になって、いつもより長いように思える。
「でも・・・僕もカッコいい名前なら良かった」
薄暗い空を見上げて、セシルがぼんやり呟いた。首痛めるよ、そういって顔を見上げたのはローザだった。
目の付け所が違うとカインは思ったが、黙っていた。
「どうして?素敵なのに」
「素敵・・・。うん、それもいいけど、やっぱり・・・」
「気にするなっていったろ」
足取りが遅くなった二人に合わせて、先を進んでいたカインは立ち止まった。
うつむいたセシルに声を掛ける、
「ふくざつ」と呟き、セシルは顔を上げてゆっくり歩き出した。
「ねぇ、さっきセシル私の名前カッコいいって言ったでしょ」
暫くして、ローザが声を上げた。
適当にあしらったのだろう、そう思っていたカインに反して、セシルはごく真剣な表情で頷いた。
「主にザの辺りが」
「それ本気だったのか・・・」
「じゃあセシルにザ、を付けたらいいじゃない。セシル=ザ=ハーヴィ」
「・・・」
「・・・」
訳が分からない事になってきた。いつものことだと、カインは無言で足を進めた。
同じように無言でいたセシルは、ややもしてローザを振り返った。
「それ・・・いいね」
「・・・」
「でしょ!」
「うん、そうしよう、これから僕はセシル=ザ=ハーヴィ」
「カッコいい」
「お前ら・・・もういい、一生やってろ」
付き合ってられない。ツッコミ要員がどう考えても足りない。二人に背を向けて、カインはまた速度を上げる。
「セシル、カインの名前は元からかっこいいけど、ザ、を付けたらもっといい気がする」
「・・・」
突然自分の名前が出た。気にしない、気にしない、と自分に暗示をかける。
セシルはその思いつきに目を輝かせた。それからちょっと考えると、前を歩くカインに声を掛けた。
「ねーどう思う、ザ☆カイン」
「・・・誰がザ☆カインだ!!!」
いつの間にか定冠詞が付いていて、カインはビックリした。
いつの間にか限定されている。セシルは向き直ったカインに、無邪気な瞳で首をかしげた。
「ダメかな」
「ダメだよ!!」
嫌な予感がしてきた。えー、とかいってるセシルをキッと見つめると、セシルはもう一回、えーっ、と言った。
「わがままだなぁ」
「・・・」
「セシル、場所が嫌なのよ。ね、カインザ」
「カインザ?!」
「いいね、それ、カイン座」
「違う名詞だそれは!!」
「カイン座の怪人?」
「怪人というほどに?!」
「うらやましいなぁカザイン」
「既に別の人!!!!」
二人のザ☆コールに耐えかねて、カインは屈辱ながらもザ☆カインを受け入れた。
カザインよりはましだと思ったのである。乳酸菌と間違われる。カゼインではない。
数日後、それとなく聞き出すと、セシルとローザはすっかりこの一件を忘れていたようだった。
カインは少し安堵した。そして、彼自身もこの話を忘れかけていた。
そしてその幼き日々から早10年、
カインはこの親友に槍の切っ先を突きつけている。
傷ついた暗黒騎士セシルは、自分を見下ろす竜騎士の暗い顔を見上げた。
倒れている仲間たちの姿が遠くに見える。無事だろうか、頭の遠くでぼんやり思う。
竜騎士は躊躇無く槍を振るう、チリ、と細かい音を立てて穂先が床を削り、
煌く穂先の軌跡を目で追ってセシルは一言、
「お前の上司、名前かっこいいな・・・主にザの辺りが」
「今楽にしてやろう!!!!」
その後ローザは、「ザ☆、止めて!!」とカインの凶行を止めた。名前の方が略された。
複雑な気分でゾットに戻る時、セシルの瞳で彼の言いたいことは分かった。
「ゴルベー・・・ザ」
羨んでいる。主にザの辺りを。何も言わずにカインはゴルベーザの後を追った。何も言う気分ではなかった。
ゾットでは、上司にまで「お前の名前にザをつけてやろう・・・」と薦められたが、きっぱりと撥ね付けた。
「結構です」。元から名前にザ、はない。
それから、ゴルベーザとローザの会話の後にその勧告が出てきた、ということで、
カインは彼女の生きる力に戦慄した。いつの間におしゃべりする仲に。伊達にカイポの山は越えていない。
何はともあれ、胃を痛めるのは、結局カイン一人であるという話。
幼き日の苦い想い出を掘り起こしながら、カインは迫り来る運命を覚悟した。
哀れ、カイン、主にザの辺りが。 |
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