旅につきものといえばやはり食事の悩みだろう、彼らもまた例外なく頭をひねっている。
料理は女の物と言う事なかれ、全員が戦いに参加している今、その言葉はただの押しつけに過ぎない。
それに、女の物・・・そうとは言い切れない理由は多分に存在している。

まずリディア。
彼女は「キャベツ剥きのお手伝い」レベルの子どもから、幻獣界に飛んだ存在である、
基本技術の不足は勿論、それでも学んだ料理のエシピは、誰の耳にも親しくない物ばかり。
何か動いてるやつ、を出されたとき、勇敢にも手を付けたエッジが次の日使い物にならなくなった。
その後時間をおかず、彼女は皿洗いに回された。

そして、ローザ。
根っからの箱入り娘ローザ、彼女は大抵食材調達担当であり、夕食時に台所に立つことはまずない。
お菓子だけは大変おいしいので、エッジやリディアは期待の瞳で彼女を見ていたが、
幼馴染たる例の二人は黙して何も語らない。その訳は最近判明した。凄い料理。
よって彼女も皿洗い。流し場はいつも満員だ。

だから、遠征も多く自炊に長けたセシルとカイン、もっぱらこの二人が厨房長である。
さらに王子だからと渋るエッジも説き伏せ、火の前に立つのはいつも男たち。
別にどうだろうと今更構う訳ではないが、心配なのはこの三人が潰れた時だ。
そして・・・そのセシルの危惧は、ついに、とうとう、実現した。してしまった。




魔法というものは恐ろしい。身体につけられた傷はすぐに癒せるものの、その力は精神の奥底を抉り取る。
強大な力に当てられれば、どんなに屈強な肉体の持ち主でもあっさりとやられてしまう。
そんな恐ろしい魔力を持つ竜王バハムートとの戦いの直後、エッジがまず倒れた。

「エッジ、大丈夫?」
「・・・。」

リディアの呼びかけにも答えないエッジ、ローザは、駄目みたいね、と首を振った。
仕方もないので彼らはエッジの側に集まった。そしてローザのテレポ、周りの景色が飛ぶように変わっていき、外にでた途端、今度はカインが倒れた。魔法に強い彼女とリディアこそ耐え切れたほどのあの爆発だ、
セシルは強固に防御姿勢を取っていたが、その余裕のなかった二人はもう声を返すほどの気力もない。
リディアは、力を抑える代わりに長く存在するように工夫して、チョコボを呼んだ。
チョコボはやっとこさ二人を担ぎ上げた、群れてくる魔物たちの攻撃をセシルが大盾で止める。
魔物になぞ構っている暇はない、リディアが適当にフレアをぶっ放した。一筋の道が開ける。
三人と一匹は一斉にその間を潜り抜け、なんとか着いた魔導船の昇降口を駆け上がった。
最初に飛び込んでいったのがチョコボ。その途端ボン、と音がしてその姿は掻き消えた。荷の二人が嫌な音を立てて床に落ちた。
続いてローザ、とリディア、最後にセシルが後ろ向きに上がっていく、狭い出入り口目指して奇妙な魔物が殺到する。

「扉を閉めて、ローザ!」
「わかってるわ・・・セシル、早く入ってきて!」

最後の一団の攻撃を受け止めるや否や剣を振り切ったセシル、
翼をもつものが叫び声を上げて落ちていくのを目の端に、出入り口に飛び込んだ。
女性二人が扉を瞬時に閉めた、直後激しい金属音が壁を通して響く。
ガンガンガンガン!!
しかし大気圏でもダイジョーブ!のこの魔導船、傷一つ付かないのに飽きたのか、すぐにその音はやんだ、しかし。

「はー・・・なんとか大丈夫だったわね・・・」
「うん、ぎりぎりだったぁ」
「よかった、みんな無事・・・で・・・」バタン!
「「セシル?!」」

そうして、彼女達の背後でセシルが崩れ落ちた。
ローザとリディアは思わず顔を見合わせた・・・。




『Continue to die out?』





「ローザのお料理教室♪のお時間です。アシスタントはこちら、」
「リディアでーす」
「・・・ということになってしまったわね・・・」

ローザはがらんとした厨房を前にため息をついた。
休憩室の脇あたり、そこから階段を下りた所にある厨房。いつもなら湯気の一つも上がっている時間である、しかしそこに立っているはずの男達は、今さっき二人でずるずるとその休憩室まで運んだばかりだ。
リディアが側の戸棚を開けた。整然と調理器具が並んでいる。二人はそれを前に、腕を組んだ。

「なにか作りたいけど・・・」
「この間のローザのバロン料理は凄かったね・・・「なげる」で投げたら多分げんかいとっぱするよ」
「もう、そんなこと言わないの。あれはね、材料が悪かったのよ」
「材料?」
「そう」

ローザは一つ頷くと、そのまま奥の冷凍食料庫に向かっていく。
しばらくリディアが待っていると、やがて腕一杯に野菜を抱えて戻ってきた。
まだカインがチームにいなかった前回・・・セシルが目を離した隙に作ったローザの料理のせいで、
彼女を除く全員が青い顔を晒した。彼女自身は恥ずかしいだのなんだのでセシルの料理だけを食べていた。その前歴もあり、完全に任せるわけにはいかないとリディアは彼女の持ち物を覗き込む。
前回と使う食材はそれほど変わっていないが、この前あったはずの肉の姿だけが見えない。
訝しがるリディア、ローザは荷物をテーブルに置いた。

「本物にはね、プルプルな肉が入っていたのよ。私はてっきり豚肉だと思ってこの前使ったんだけど」
「プルプル・・・」
「だからあんな変な味になっちゃったのよねぇ」

豚肉だけであの破壊力が出せるとは思えなかったが、リディアは黙っていた。
しかしプルプルな食材・・・リディアは頭を捻ったが、思いつくものといえば。

「アビスウォーム?」
「違うわ」
「プロカリョーテ」
「それも違う」
「あっ、ダークグラネイド!」
「残念、それでもないの」

途中からプルプルではなくなってしまったが、ともかく彼女の考える食材に該当するものはないようだ。
リディアはまた首を捻る・・・本来なら、ここで男性陣の誰かが突っ込んでいるところであったが、
残念ながらここには女性二人しかいない。

「正解はね・・・ルナウイルス」
「・・・あぁ!」

プルプルもプルプルだ、全体がゼリー状になっているモンスターである。リディアはパチンと手を叩いた。
ローザは今度は背後からバケツを取り出した。中身は空、彼女の言いたいことを理解するとリディアは頷いて、それから二人で魔導船を出て行った。それが三十分前。



エッジはふと目を覚まして、体を起こした。
何故か体中が酷く痛む、覚えのない青痣があちこちに見える。
・・・ローザとリディアが引きずっていったせいでついたのだが彼は勿論知らない・・・
耳を澄ませば階下の厨房から人の声がする、とりあえずのどの渇きを覚えた彼は、
ぼやける頭を擦りつつ階段を下っていった。

「おーい、誰かいんのか」
「あっ、エッジ!もう大丈夫?」
「まあな・・・なあ、水くれねぇ?」

そこで甲斐甲斐しく動き回っていたのはリディアだった。
ちょっとラッキー、とか思いながら彼は置いてある椅子に腰掛ける。
やがてリディアがコップを持って来た。エッジはそれを受け取ると、一気に飲み干した、そして。

何か飲んではいけないものを飲んだ!!」バターン
「エッジ!!・・・駄目じゃない、元気じゃないなら寝てないと!」

彼は椅子ごと後ろに倒れた。
リディアは思わず口元に手をやる、そんなにまで傷は酷かったのか、と。
そして物音に覗き込んできたローザと二人でその椅子を起こすと、休ませておこう、と部屋の隅に置いておいた。ローザが小首をかしげる。

「あら・・・実はあれ、煮汁だったのだけど、味が濃かったかしら・・・」
「さすがに煮汁は辛いと思うよ・・・」

そりゃ水だと思ったら煮汁だったらきつい。そして二人とも失念しているが、そもそも「ルナウイルスの」煮汁である。少なくともエッジがまだ元気ならばここで被害も止まっていた。しかし。

「ローザ、塩入れすぎよ!もうちょっと水で薄めないと」
「そうね、塩味がちょっときついのね」

塩味じゃないよ!!とは誰も突っ込まなかった。彼女の料理は順調に進んでいく。
やがてローザは人参を手にした。そうしてしばらく躊躇っていたかと思うと、恥ずかしそうにリディアに向き直った。

「ねぇ、リディア・・・私、実は包丁の扱い苦手なのよ」
「それは知ってる。このあいだのじゃがいも、どことなく赤かったもんね」
「えぇ、だからお願い・・・オーディンを、陛下を呼んでくれないかしら?」
「オーディンを?」

えぇ、と彼女は頷く。そして言うには。

「斬鉄剣で一刀両断できるじゃない」

それが、十五分前。



妙に体がだるい、そこで未だ甲冑を身につけていることに気が付いた。
次いで起きたのはカインである。彼はせめてと、ガントレットと肩当を外すと、
なにか懐かしい香りに誘われ厨房に向かった。階段を下りきる、そこには思いがけない人物がいた。

「陛下!」
「おおカインか、久しいな。セシルはどうした」

オーディン・・・バロン王は刻んでいた玉ねぎから目を外すと、カインを認めて声を上げた。
そばで六本足の名馬が暇そうに大根の葉を食んでいる。何故厨房に騎士の中の騎士が。

「まだ寝ています」
「あぁカイン、もう大丈夫なの?」
「・・・ローザ、一体何を作った?」

彼はローザとの付き合いも長い。彼女が厨房に立っていることの意味を知っている。
前回の惨事こそ知らないものの、カインは警戒心も顕に、煮え立つナベを覗き込んだ。
懐かしい香りをあげて、何かがぐつぐつ煮えていた。そこで彼は思い出した、これはバロンの郷土料理の香りだと。

「わしとローザで再現したのだよ、この香りを。どうだ、懐かしいだろう」
「ええ・・・ですが、ローザが作ったとなると・・・」
「カイン、私も作ったのよ!」
「そしてリディアが手伝ったとなると・・・」
「十羽一唐揚げにされちゃったよ、ローザ」
「リディア、これは揚げ物ではないわ」
十派一絡げ!!

ことわざはきちんとつかいましょう、と。唐揚げではありません。
カインは眉を顰めた。リディアのことも知っている、闇のクリスタルを手に入れる前にその恐ろしさは「味わった」。躊躇うカインを前に、オーディンは小椀に一掬い、その煮物をよそった。それから一口啜る、

「どれ、わしも味見をしてみるかな・・・」ぼーん
消えた!!!

オーディンの姿は破裂音とともにあっという間に霧散した。そして直後。

「おかあさんのドラゴンがしんじゃったから・・・おかあさんも・・・」バターン
リディアのオーディンが死んじゃったから、リディアも?!

倒れ込んだリディアは、床に伏したままもうピクリとも動かない。嫌なセリフを残していった。
カインは唖然、そして思わず開けた口をめがけ、ローザが匙を運んできた。

「「ねらう」!」
「こ、ここでアビリティをつか・・・ぐああぁ!!

さすがローザ、百発百中。カインはそれでも彼女の手前、吐き出すなんてことは出来ない、そして・・・



今、凄まじいまでの叫びに目を覚ましたのはそう、セシルだった。
船中に余韻が響いている。音源は間近。セシルは念のために、と帯剣し、厨房へと降りていった。

「ねぇローザ、なんか凄い声が聞こえたんだけど・・・」
「あら、セシル」
「屍累々・・・」

彼は中を見渡した。部屋の隅ではエッジが椅子に腰掛けたまま動かない。
床はといえば、リディアとカインが伏せっている。やはり・・・動かない。
その惨状を前に、ローザがお椀を手に立っている。セシルは状況をあらかた理解した。

「ローザ・・・!」
「セシルも食べて、はいどうぞ」
「この地獄絵図を見てなおも?!」

はい、と渡されたお椀の中身、匂いこそ懐かしいものとそっくりだが、誤魔化しきれない違和感が窺える。
複雑な表情でセシルが煮物を見ていると、唐突に煮物が二回光った。

「い、今!煮物にターンが回った!!
「大丈夫よー、今はもう何も出来ないわ」
「その言葉の真意を汲み取るよ、僕は!さっきまで何が出来たのこの煮物?!」
「やあねぇ、出来ても通常攻撃くらいよ」
通常攻撃は出来たの?!
「だいじょうぶよ、怖がらないで、ほらセシル「ぼうぎょ」して」
「あ、そうか、防御すれば・・・って多分料理に対しては意味ない!意味ないって・・・やーー!!!
「はい、あーん」バターン!

叫んだらローザの勝ち。大きく開いた口にローザは狙いを定めた。直後、倒れ込むセシル。
彼の鎧が床に落ちる音が響く、響く・・・そうして厨房は酷く静かになった。
彼らを前にローザは可愛らしく小首をかしげた。
どうしてかしら、と。今日のは今までのよりずっと上手く出来たのに。
匂いもこんなにいいし、材料もきっと間違ってない。陛下も手伝ってくださったのだから。

「私も・・・味見してみようかしら」

今までしなかったのかよ!と突っ込む人間はもういなかった、ローザはまた光った煮物を匙にのせ、口に運ぶ・・・。









竜王バハムートの洞窟、今まさにその主を味方につけた一行だが、
強大な爆発をまともに受けたエッジとカインの二人は、ほとんど立ち上がれないほどにダメージを受けていた。テレポで洞窟から脱出したのはいいものの、その体力で耐え切ったセシルは、困った顔でローザを振り返る。

「ローザ、何とかならないのかい?せめて魔導船に戻るまでは・・・」
「ダメよ、傷は直せるけれど、身体は休ませなきゃ回復しないわ・・・」
「とりあえずチョコボを呼ぶわね。セシルごめんね、もうちょっと頑張って」
「うん、任せてくれ」

そうしてチョコボに二人を乗せ、残る三人は全速力で駆け出した。
魔物を打ち払い、打ち払い、ようやく魔導船に乗り込んで、女性二人が扉を瞬時に閉めた、そのとき。

「よかった、みんな無事・・・で・・・」バタン!
「「セシル?!」」

彼女達の背後でセシルが崩れ落ちた。ガゴン!彼の鎧がいい音を立てる。
なんだろうこの既視感。デジャブ?
ローザとリディアは思わず顔を見合わせた。そしてローザが口を開く、

「ローザのお料理教室♪のお時間です」











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