所、空高く聳えるゾットの塔。
漆黒の鎧に包まれた男の前で、竜騎士が一人跪いている。その後ろで、腕を釣られた少女が息を吐く。

「では、私が伝えて参りましょう」

竜騎士は深く頭を垂れた。鎧の男が僅かに、ゆっくりと頷く。
少女が身動ぎをした。鎖の音を響かせ、身を捩って竜騎士の名を叫ぶ。
竜騎士は腰を起こした。真っ直ぐに少女を見据え、言い含めるように言葉を発した。

「セシルなんぞより 俺の方が上だという事を、教えてやろう」

親友の名を、憎むべきもののように告げる。今や彼にとって、セシル、の名は宿敵の名に過ぎない。
幼きころから築き上げた自尊心と愛惜、どちらも彼の奥で強く渦を巻く。
少女もまた、背を起こした。真っ直ぐに竜騎士を見詰める・・・。




 

『中間管理手当』







「まあそれはそれとして、ここ、なんだか暑いんだけれど・・・」
聞いてないし!!それはそれとして、じゃないだろう!!

少女・・・ローザはカインの話を聞いていなかった。そして不満を口にした。余裕である。
竜騎士カインは急いで鎧の男、ゴルベーザを振り返った。彼は微動だにしていない。
落ち着いているゴルベーザの姿を前にして、カインはついツッコんでしまった自らの勢いを恥じた。
ゴルベーザは、再びゆっくりと顔を上げた。そして重々しくカインに問う。

「カイン、「ル」から始まる言葉を思いつく限り言え」
「何故ですか?!」
「この女、ルでばかり攻めてくるのだ・・・!!」
しりとり・・・!!

ゴルベーザは悩んでいたのだ。しりとりにおいて、「ル」で攻めるのは結構効果的である。
例に漏れず、ローザは「ル」で終わる言葉で攻めていたらしい。何故ここでしりとりをしている。

「何故ここでしりとりをしている!!何故ここで!」

カインは思考が声に出た。しかも二回繰り返した。
敵の・・・とはセシルの側からの言葉であろうが、その大ボスとヒロインが、囚われている状態で
しりとりをしている。しかもヒロインがガンガン攻めている。
当のヒロインは「暑いわ・・・」と小声で言った。

「だって・・・暑いし、暇なんですもの」
「暑いは関係ないだろう・・・しかもそんな薄着で暑い、はないだろう」
「うむ、確かに暑い。カイン、バルバリシアのところに、もっと頑張れ、と言って来い」
ここの空調人力だったんですか?!
「モンスター力だ!」
「どうでもいいですよ!」

本当にどうでもいいことにゴルベーザが反論した。人力だろうがモンスター力だろうが関係ない、
とにかくアナログ志向であることに無理がある。
ゴルベーザは一つため息をついた。そして壁際の紐を引っ張る。カンカン、と塔の奥で音がした。
次いで聞こえる、「はい」という声。彼はたくさん壁に設えてある管の一本を手に取って、口を近づけた。

「もうちょっと温度を下げてくれ」
「かしこまりました」
なんですかその便利機能?!・・・っていうか私を呼びに行かせる必要性なかったですよね?!」
「暇だからな」
「だからな、じゃないんですよ。なんで大ボスが暇なんですか」

それは平たく言うと、インターホンであった。つまり残りの管は別の部屋に繋がっている、と。
意外とこの塔は機能性がある。
ともかく、ガンガンつっこむカインとは対照的に、ゴルベーザとローザは悠々としたものだった。
ローザは自由になっている手先でばたばたと顔を仰ぎ、ゴルベーザは未だ言葉を考えている。
見かねたカインが口を挟んだ。

「ル・・・ルゲイエとか、ルビカンテとか」
「それはもう言った」
「では・・・ドワーフの姫の名が、たしかルカ、であったと・・・」
それだ!どうだ、ルカ!」
「かくれる」
「また「ル」・・・!!」

間髪入れずにローザは言葉を返した。また「ル」で終わっている。彼女の語彙は凄まじい。
ゴルベーザは歯噛みした、どれだけルで攻めるのかと!

「くっ・・・なかなかやるな・・・」
「あの、どうでもいいのですが、大体なんで二人ともそんな暢気なのですか」

項垂れるゴルベーザ、微笑んでいるローザ、ともかくここで見ていい光景でない気がする。
カインの敬意入り乱れる言葉に、ゴルベーザは何を今更、とでも言うような動作でカインに向き直った。

「私は頭の奥で声がキーン、としないうちは至って普通の人間だからな」
「キーンとするあたり、充分危ないですよ」
「むしろフレンドリーとでも言うべきか。お前を拾ってやった訳だしな」
俺が言い訳に使われた!どこをどうとってもフレンドリーとは言えません!」

声が聞こえるって、割とヤバイのでは。至って普通、むしろフレンドリー、と言い切るには足りないものが多すぎる。
カインは一人やきもきした。ローザが脇から、「そうそう」と言い足す。

「私だってほら、胸の奥がキューン、としないうちは至って普通の女の子だから」
謎の声と胸のときめきが同列に扱われた!!
「まぁキーン、となった後は私も多少ぶっ飛んだ行動を取るがな」
「そうね、キューン、となった後は多少ぶっ飛んだ行動を取るけれど」
「ゴルベーザ様はともかく、ローザは何をする気だ・・・!!

例えば、カイポの山を一人乗り越えたりとか、ああいう行動。彼は未だ与り知らぬが、
後に彼女はまたぶっ飛んだ行動をとる。無断で月に行ったりとか。
カインは居たたまれなくなって、「セシル達に伝えてきます」とその場を離れたが、
やがて帰ってくると、今度はまた違った「ル」でもってゴルベーザが悩んでいた。
カインを前にして彼は一声唸ると、腕を組んでローザを見る。
空調が効いてきた、ローザは涼しい顔で、威圧すら感じる兜を正面から見据えた。

「お前は・・・なかなかいい人材だ、どうだ、今なら水か土が空いているぞ」
「スカウトした!しかも嫌な選択肢だな!」
「あら、「愛」なら考えないこともなかったけど・・・」
「敵の四天王に「愛」はないだろう!」
「どっちにしろ、セシルの敵にはなりたくないわ・・・むしろ、貴方がセシルファンクラブに入らない?」
そこでむしろと言う意味が分からない!

カインの胸の奥はいざ知らず、ゴルベーザとローザの二人は何か息が合っていた。
二人のボケ倒しは、以前から書かれた台本でもあるかのように、淀みなく進む。
カインだけがつっこみを探り損ねて苦しんだ。大ボスがなんで主人公のファンクラブに加盟する。
ゴルベーザは今度は心底惜しそうに息を吐いた。

「うむ、この逸材、返すのが惜しくなってきたな。よし、奴が来たらしらばっくれるぞ」
「それで決めるのですか?!」
「やだ、私そんな逸材じゃないわ・・・いいからセシルが来たらさっさとあっちに返してよ」
「その通りです、そんな需要も供給もどこにもないですよ」

ゴルベーザ&ローザなんて、需要も供給もあったもんじゃない。だれも求めていない、と、
カインはやんわりとツッコんだ。ゴルベーザはまだ完全に諦めたようではなかった、それでは、と続ける。

「お前も加わればよい、チーム「塔の上」。私とこの女とお前でショートコントを」
発想がセシルレベル!!お願いですから大人しく話を進めて下さい!」
「なんだ、つまらない男だな」
「つまらない男ね・・・」
ぐさりと来た!!

いつの間にかローザが擁護側にまわっている。小さく呟かれた言葉がカインのハートに突き刺さった。
そこでカインははたと気付いた。このテンポ、このノリ、昔からバロンで嫌と言うほど味わった物に似ている。
世の中にはこんなボケの持ち主が何人もいるのか・・・とカインが軽く絶望したとき・・・
唐突にローザが表情を歪めた。ゴルベーザも頭を押さえてかがみ込む。
カインは為す術もなく立ち尽くした、ローザが絞り出すように声を出す・・・

「胸の奥が、キューン、と・・・!」
「ときめき?!」
「頭の奥が、キーン、と・・・!」
「謎の声まで?!」

そしてその直後、配下の魔物が姿を現した。セシル達がクリスタルを取った、と囁くように伝える。
ゴルベーザが立ち上がった。感情を感じさせない無機質な振る舞い。カインは思わず姿勢を正す。

「迎えに行ってやれ・・・カイン」
「はっ・・・!」

そうして彼はマントを翻しローザに向き直った。ローザはもはや首を項垂れてほとんど壁に寄りかかっていた。
カインはそれをちらりと目の端に留めると、飛空挺に向かって歩き始めた。
つかの間の穏やかな時間は終わった。所詮彼らは一時の気休めの会話をしていたに過ぎぬ、
これからは、互いに命の遣り取りをする戦いが始まる・・・

「あー、セシル、早く助けにきてv・・・もうキューンとなる」
「あいつらは・・・ボケだな、何人増えても構わん・・・」
「・・・」

・・・のかも知れない。






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