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『僕らなりのアンニュイ』
「何か盛大なこと、ぱーっとやりたい」
一行はリディアのセリフに振り返った。先頭を歩いていたセシルが首を捻る。
「盛大なことって言うと・・・」
「うううん、なんでもいいけど、とにかくもうこれ飽きたよ、プリン狩り」
そう、プリン狩り。それこそ、この一行がいつまでも月面なんかでうろうろしている由縁である。(旧)ネミングウェイの願い事なんて軽く受けるものじゃない、と一同揃って考えている真っ最中。何故月面かと言えば、そこしか思いつかなかったから、という致し方ない選択。幸いちょこちょこプリンの団体が現れるものの、求めるレインボープリンは一つも見つからない。
これはリディアでなくても飽きて当然だ、残る四人はそれぞれ顔を見合わせた。
「我慢しろ、もうすぐ見つかるだろう」
「・・・ってカインさっきもそう言ってたよ」
「大丈夫だよ、次かその次かその次の次の次の次の次辺りにきっと見つかるよ」
「セシル、私どうやってツッコんだらいいか分かんないよ」
「じゃあ・・・私がモンスターの残骸で料理でも作ってあげようかしら?」
『それはやめてください』
ローザの言葉に一同揃って拒否を示した真っ最中。彼女は残念そうに首を振ったが、セシルは安堵に息をついた。惨劇はもう十分だ。プリンの合間に出てきた魔物達が浮かばれない。
急に月に着いた直後の静けさが戻ってきた。警戒警報でも出ているのか、魔物の姿はもう完全に見えない。それとも、青き星の民の手によって、尊き生物循環が絶滅したか。青き星の民って、セシル達のことだが。
バロンの三人がどうしようか思案していると、エッジがさも暇そうに大あくびをした。そして肩を回しながら口を開いた。
「盛大なことっちゃあそりゃ勿論、遊郭巡・・・」
「ザ・フィルター・オブ・ローザ!!」ゴッ!!!
貴方の大事な人を、有害情報からカットします。ローザ自前のフィルターが発動した。平たく言えば、ローザ自前の杖が唸った。波動の杖はエッジの鳩尾に寸分違わずヒットした、くずれ落ちる彼をカインがすばやくキャッチし、さらに口を塞ぐ。流れるような連携作業、仕上げとなる言い訳担当ことセシルはにこやかにリディアに向き直った。
「え、何?今エッジなんて言ったの?ゆーか・・・」
「んーと、何々、『ユーカリの葉が食べたい』・・・だって」
(お前ええぇ!!もっとマシな言い訳があるだろう!なんだユーカリって!コアラか?!)
言い訳担当は役に立たなかった。「ゆーか」で始まるものなど探せばいくらでもあるだろうに。
そしてカインはザフィルターオブローザに少し戦慄を覚えていた。ちょっと前に、弓からホールドやサイレスといった白魔法に移行したはずなのに、またこう、即物的なものになっている。
一人、更なる進化に恐怖している彼を余所に、リディアは「んー」とか言いながら頷いた。
「エッジ、コアラみたいね」
「コアラ忍者、みたいな。ほら、今流行りのゆるキャラ」
「あぁ・・・そう締めるのか・・・」
コアラ忍者ってどうなんだろう。カインは喉まで出かかったツッコミを飲み込んだ。彼女が納得した今、下手に掻き回すのは得策ではない。誰もが妥協して会話は一旦終わる。一段落した所で、リディアの不満が再発した。曰く。
「コアラはともかく、飽きたよ」
新しい魔物すらまだ現れない、このままではプリン獲得など程遠い。
一同は足を止めて首を捻った。何かいい気晴らしでも・・・。
「何か・・・そうね、秋らしいことでもしようかしら」
「飽きっぽいリディアの為に秋っぽい事を」
「そのしたり顔はやめろ、何も上手いこと言ってないぞ」
満足げな顔のセシルを、カインが一喝した。誰も掛けろなんて言ってない。彼らを他所に、リディアは期待に満ちた瞳でローザを見る。この三人の中で、独力でベスト・オブ・ビックな事を成し遂げたのは多分彼女だ。
「秋っぽいこと?何?」
「そうねぇ・・・カイン、秋といえば?」
ローザは唐突にカインに話を振った。言われた方はといえば。
「・・・読書の秋?」
カインはとっさに微妙な風物詩を答えた。リディアがあからさまにがっくりしている姿が見える。派手なことでもないし、何よりそれには・・・
「本が要るわね」
「言ってみただけだ、リディア、そんなにがっくりするな」
「本はもういいわ・・・幻獣界といえば来る日も来る日も本本本・・・」
「・・・悪かった、だから戻って来い!」
確かにあそこには大量の本があった。目新しいことなど起こらないあの世界だ、幻獣たちの暇つぶしとなれば本ぐらいしかないのだろう。そんな本の世界はリディアにとって退屈すぎたようだ。
それでは、と彼はまた頭を捻る。秋といえば・・・
「運動の秋、か」
「それは毎日やってるじゃないか」
「まぁそうだが」
秋に限らず年中無休で頑張ってるわ、と。セシルの言葉にローザがそう続ける。リディアも同意と頷いた。
しかししばらくしてセシルが口を開いて言うに、そういえば、秋の運動か。
「・・・どうした、何かあるのか」
「聞いた話だけどさ、エブラーナでは秋にしか出会わないモンスターがいるんだって」
「へぇ、さすが風流の街ね」
「でね、それを次から次へと狩っていくらしい」
「狩るんだ」
「うん」
どうも彼の話は要領を得ない。期間限定の魔物の話ならば一言で済ませばいい。しかしこの話し振りからするに、狩る事に意味があるらしい。なにかアイテムでもでるのか、俺達のプリン狩りのように、とカインが問うと、セシルはどうとも言わずにうーんと唸った。
「いや・・・なんだったっけ、特にアイテムとかはなかった気が」
「なんだそれは」
そこでまたセシルは首を捻る。うる覚えの情報らしい。そんな二人を他所に、ローザが杖を持ち替えた。
「エブラーナの人間がいるんだわ、本人に聞きましょうよ」
「うん、それはいいけどローザ、何で杖を構えるの?」
「こういうこと。賢者の杖でレイズ発動ー」
「どうりで静かだと思ったら!!」
エッジは戦闘不能に追い込まれていた、あのフィルターで。追い込んだ本人の掲げた杖の先から、やがて差してきた光を浴びて、むっくりとエッジが立ち上がる、それを目の端にカインはセシルに向き直った。
「まあいい、そのモンスターの名前はなんていうんだ」
「ええと、たしか「もみじ」だった気が」
「もみじはモンスターの名前ではありません!!」
開口一番エッジが突っ込んだ。元気のいい生き返りっぷりだが、生命力は黄色信号である。レイズだから。
セシルはそのツッコミを聞かなかったことにしたようだ、一人「ああそうそうもみじ狩り」と合点がいっている。
リディアは黙ってその一連の流れを考えていた。次から次へと狩っていく。
「エブラーナの秋はアグレッシブな運動の秋だね」
「エブラーナの秋はアグレッシブではありません!!セシル、てめぇ何言った?!」
「メランコリー、と」
「的を得ていない!!」
最後のツッコミはカインだ。メランコリー、といえば正しい秋の形容詞。『憂鬱な』とかそんな意味。
体面を保つのが上手いセシルは最後だけそれらしくまとめた。的を得ていないどころか、今までの彼の言動と正反対の形容詞である。言うならばアグレッシブ。
「まあいいや、ここはエッジに聞こう、秋といえば?」
「んあ?」
と、今度はエッジが唐突に切り出されて戸惑った。その上、何かを握っているような形の拳を目の前に突き出された。言うならばマイクを。しかし月にはマイクがないので形だけである。
ともかくも、とエッジはちょっと考えた、そして。
「そーだな、食よ・・・」
「ザ・フィルター・オブ・セシル!!」ゴイン!!!
「また?!!」
貴方の大事な人を、有害情報からカットします。今回はセシル自慢のフライパンが唸った。まだ返していなかった。黄色表示だったエッジはまたもやいとも簡単に崩れ落ちる。何故このタイミングで?カインの頭は疑問符で一杯だ。今回は誰もフォローをしなかったが、リディアと話していたローザが、何?と振り返った。
「今、なんて・・・?」
「なんでもないよ、ね、カイン!」
「あ、ああ。・・・職人の秋、と」
「無理があるよねぇ」
「お前のより無理がない自信があるぞ、セシル」
分からないままも、カインはセシルの剣幕にフォローを返した。確かにセシルのより無理はない。コアラより職人の方が。ローザはその言葉に少し首をかしげた。「そうなの?でも職人なんて」と続ける。
セシルを見れば、口の形だけでなにかをこっちに言っている。「りょうりはきんく」
そこでカインはようやく気付いた、今回守られたのはこの場の全員の身の安全だった。
「あとは・・・芸術の秋?」
ここで口を開いたのはローザである。男二人はぱっと彼女の顔を見た。散々考えさせておいてこのきっぱり具合。それでも何もいえないのが彼らの弱みである、二人は「あら、どうしたのかしら」とエッジに向かい再び賢者の杖を掲げるローザを黙ってみていた。
芸術、と聞いてがぜん瞳を輝かせ始めたのはリディアだ。何をするのか分からなくとも、なにか「爆発だ!」的なイメージ。
「芸術、芸術かぁ。絵とか描くの?」
「絵ならこれを使って、リディア。天然素材100%のこの絵の具を、月というキャンバスにどうぞ」
「なんかたぷたぷしてるよ、ローザ」
そしてローザから何か「爆発だ?」っぽいバケツを3つ手渡された。たぷたぷしている、赤、青、灰色。リディアはそれを手にすると、まだ青い顔のエッジを引っ張って、ちょっとした空き地まで移動した。
しかし絵の具など買った覚えは毛頭ない、カインは眉を寄せた。何処となく見覚えのあるようなないような色のチョイス・・・
「あれは何?、ローザ」
勇敢にもセシルがローザに問いた。カインは聞きたいような、聞きたくないような気がしていたが、悩んでいるうちにローザが答えを言った。「プリンよ」と。
「・・・どうりで見覚えがあると!!」
「だって勿体無いじゃない。狩らなきゃいけないからリデュースは無理だし、命のリサイクルは神の領域だし、私にできるのはリユースくらい」
「それは神のリサイクルに任せて!!」
ローザは3Rを念頭に置いていた。エコ戦士です。カインがまっとうなツッコミをしている向こうで、リディアはリディアで絵の具?を広場にぶちまけていた。耳を澄まさなくとも二人の声が聞こえてくる、
「赤の絵の具で・・・リンゴ」
「あぁ、うん、何でリンゴ・・・?」
「だってまん丸にすればいいんだもの、青で、青リンゴ」
「あぁ・・・えっ、いや、違うから!青違い!!青信号と同じトリック!」
「全部混ぜて銀のリンゴ」
「どす黒い!!腐ってるぞそのリンゴ!!」
リンゴって、彼女はただまるーく絵の具?をぶちまけているだけだが。エッジのツッコミがむなしく宙に消えていく。あっちはあっちでなかなか大変なようだ。
そうカインがむしろ達観していると、扱われ方の酷さに抗議でもしにきたのか、急にプリンの一団が現れた。リディア達は自分でなんとかするだろうと、盾を掲げるセシル、槍を逆手に構えなおすカイン、矢を番えるローザ。とそこでセシルが振り向いた。
「・・・なんだ?」
「芸術という事で、美しく戦おうと思う」
「・・・はぁ」
赤いプリンが飛び掛ってきた。敵にもならない、まさに雑魚。しかしセシルは徐に剣を持った右手を引いた、そして。
「こんな風に」
流れるような剣捌き、一度胴を凪いだ返しで円を描くように傷を刻む。プリンはプリンでなんかノリノリに「アオォーー」とか叫んで消えていった。カインはプリンが声を出すのを初めて聞いた。なんか美しく散っている。
「ほらー、美しい」
さっきまでの静寂が嘘のようだ、徐々に徐々に物陰から魔物が姿を現す。そのたびにセシルは何か美しく戦っている。ため息を吐いたカインが自分も戦おうと前へ進み出ると、目の前のカタツムリみたいなのが一瞬にして針山になった。驚いて振り返ると、一頻り打ち切ったローザが弓を構えたままどこか優雅に立っていた。
「どうセシル、こんな感じかしら」
「うん、綺麗だ」
「・・・」
確かに打つ姿は美しいのかもしれない、しかしこの威力はどうだ。いつもよりなんだか三倍増しくらいになってる。それを美しいというのかもな、カインはそう思うことにした。そして自分は普通に槍を手にジャンプの予備動作、そして飛び上がった時。
「もう勝手にしていろ、俺は俺で」
「ウェイト!カイン!!」ゴス!!
「膝を入れるな!!!」
セシルのとび膝蹴りが、カインの背中の骨と骨の間にクリーンヒットした。「けり」デカントなしでも頑張れば出来る。カインは中途半端に飛んでいたので、そのまま弾丸のごとく前に吹っ飛んだ。味方をも武器にする蛮行。これを美しいというのだろうか、セシルは。そしてカインは黒いプリンにぶつかった、そのプリンが倒れ、あとに何かが残った。
「くっ・・・ん?何だこれは」
「おっカイン、それレインボープリンじゃねぇか」
「・・・何?!」
今更ながらやってきたエッジが後ろから覗き込んで言った、確かにそれは捜し求めていたレインボープリン!勢いもよくセシルを見れば、彼はリディアも巻き込んで「美しい戦い」を未だ続けていた。何か本当優雅。
カインは大声で彼らに向かって叫ぶ、もう用は終わった、気晴らしの意味もない。
「おい、さっさと倒して戻って来い!もう目的は果たせたぞ」
「え、何?目的は美しく勝つことだよ、まだ未達成」
「途中手段と最終目的がすり替わっている!!」
「ホウ・・・ナラバワレワレモウツクシクチルゾ!!」
と、そこで急に最終集団であるボムが口?を開いた。美しく散る?どういうことだ、何か嫌な予感がする。これが竜騎士の第六感、カインは慌てて一団に駆け寄る。その間にもボムは一塊に集まると、みるみるうちに一体化していった。そこに現れたのは・・・グレネード版マザーボム。
「なっ・・・!!お前たち、逃げろ!!!」
「何言ってるんだカイン!芸術は、」
「ば く は つ だー!!!」
どーーーーん。
「・・・というわけで大人しく芸術を聞きに来たよ」
「ああ、だから君たちみんなアフロなんだね・・・」
静かな都トロイア、そこのベットから身を起こしたギルバートが一行を見ながら呟く。今しがた訪れた連中はここの雰囲気に似合わぬパンクっぷりであった。まさかの爆発オチという。しかし、プリンはもう見つかったはず、芸術云々の話はもう過ぎたものではないか?そう問うと、先頭のセシルは柔らかく微笑んだ、そして言うに。
「セーブを忘れたので全滅でパー」
「・・・!!!!」
「そういうわけで、モチベーションが下がる前にここに来たという訳」
「あぁ、だから君たちみんななんか暗いんだね・・・」
後ろの一団も何か儚げに微笑んだ。下がる前、とかじゃなくてもう下がってる。そんな様子を見て、ギルバートは一つ思い立ってリュートを手にした、この旅についていかなくてよかった、ギルバートだったら身が持たない。久しぶりに弾いたリュ−トは若干音程が狂っていたが、ちょっと調整すればすぐに戻った。そういえばこういう状況を表した古い歌があった。あの時セーブしておけばよかったのに、まず最初にここに来ればよかったのに、などなどなど・・・。
そしてリュートの美しい音色が響く、ギルバートは口を開いて・・・。
「あーとのまーーつりーーよーーー」
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