『ローザ・ファレルと賢者の杖』






昔々の話だが、あるところに賢者と呼ばれる魔法使いがいた。
恐ろしく強い魔力の持ち主で、海を割り、山を動かし、雲を散らした逸話を残し、忽然と姿を消した。
もはやどの歴史書にも、名は残ってはいない。しかし、彼の魂は、今も、世界の中に生き付いているのである。



セシルたち5人は、幻獣世界の深淵、新たな力を得るためにリヴァイアサンの試練を受けていた。
カインが高く跳躍し、リディアが兆候を嗅ぎ取ってセシルに声を掛け、
そしてセシルは盾を掲げて仲間に叫んだ。
「気をつけるんだ!じきに、おおきなーーー」
突然声が消えた、見上げればなるほど、壁のような水が音を吸い取っているのだ。
エッジがそれを認めた瞬間、衝撃、そして轟音、
強く水に打たれた体はもう動きそうにない。崩れ落ちた仲間を見て、ローザは杖を掲げた。
「今助けるわ・・・杖よ!」
その声を聞いて、ふと目覚めたのは杖・・・そう、杖の中の、賢者であった。
久しぶりの世界だ、飛び込んでくる情景にくらくらしながらも、賢者は声に答えた。
『レイズ』
一条の光、エッジはむっくり起き上がると、ローザに向かって軽く手を上げて、また幻獣王に対峙した。
ローザは軽く頷く。そして一同に癒しの文言を与えた。
懐かしい風だ。白魔法の風。賢者はもう完全に覚醒していた。
見るからにこちらが善の集団ということは分かった。
今彼が今出来ることといえば、唱えられた呪文を強くすること、持ち主の魔力を預かること、
そして声に答えることだけである。かつての自分の黒魔法の力を鑑みて、この状況にやきもきする。
ふたたび、幻獣王が長い声を上げた、空気の湿気がすうっと引いていく。
そしてまた濁流。重い一撃に倒れる仲間、しかしまだ幻獣王の猛攻は続く。
セシルはひっきりなしに声を上げ、ローザはひたすら杖に祈って、杖はひたすら声に答えた。
「わーブリザガ!」
「お願い!」
『レイズ!』
「またおおつなみだ!」
「杖よ!」
『レイズ!!』 
「通常攻撃!」
「杖!」
『レイズ・・・って死にすぎだろう!
「えっ、なんかツッコまれたわ!」
賢者は堪らず声を上げた。連続極まりない。通常攻撃に死んでどうする、と。
ローザはこの事態にちょっとビックリしたが、そのときリディアの歓声が聞こえた。
周囲の水が引いていく。振り返ると、巨大な竜の幻影を、ようやく降りてきたカインの槍が貫いていた。
「ほほう、さすがは、というべきか」
落ち着いた老人の声に続き、張り詰めていた緊張が薄れていったのを感じて、
ローザは安堵のため息をついた。








(しかし、なんと人遣いの荒いことよ)
そしてその夜、地上。誰もいないテントの中で、賢者は先程の戦いを思い返していた。
っていうか、アレイズ使えよ。最後の方は、いたちごっこの感が否めなかったし。
持ち主であるあの少女がこぼしていた、「MP勿体無いから」という気持ちも分からなくもない、
なんにせよ、その後の戦いでは延々と天に祈ってばかりだったのだから。
だが、それにしても酷使しすぎであろう。
(この者たちを助けてやろう、とは思うのだがな・・・仕方がない、他の持ち主を探すか)
賢者は高名な魔法使いであった。余命僅かと知って、生きながら杖にその身を封じたのだ。
だもんで、彼が強く念じると、杖は空中をふよふよと漂い始めた。そしてテントの入り口を抜けると、
まだ薄明るい外へと飛んでいった。




「輝く、えくぼ〜」
近くの森に薬草を採りに行ったリディアは、カゴを振り振り、声も高く歌っていた。
特殊な杖で変身する少女の歌。幻獣界でちょっとしたブームであった。
誰もいないのをいいことに、ちょっと振りまで付けながら歩いてテントの前までたどり着くと、
彼女は丁寧に薬草を薬嚢に移し返した。
「必殺技で ハートキュン♪」
そして気持ちよく歌いきったところで、無造作に置かれている杖に目が留まった。
「あれ・・・ローザの杖じゃない」
そう、賢者の杖である。かつては彼女も杖を操ったものであるが、すでにそれは過去の話になっている。
リディアはちょっと辺りを見回すと、そっとその杖を手に取った。まだ頭の中で歌詞がぐるぐる廻っている。
その心のままで、彼女は軽く杖をふった。
「プリティー☆リディア☆メイクアーップ!・・・なんてね」
見る人が見れば、常日頃から彼女の周りに漂う魔力に圧倒される。そして、その魔力のために、
彼女の言葉は「なんてね」に済まなかった。
ぼふん、といい音がして、リディアは少女趣味の凄い服に包まれた。可愛らしい、可愛らしいがなんというかごてごてだ。
胸に大きなリボン、ふわーと広がるスカートは三段フリル、おまけに煌く宝石のついたブーツまで。
「・・・・・・・・・これは可愛いかも・・・・・・・・・ってそれどころじゃないわ!な、なんとかしないと!」
まさか実現するとは思わなかったリディアはビックリした。大慌てである。
まず大笑いするだろうエッジが頭に浮かんで、物凄い速さで森の奥へ消えていった。




(ま、まさか私があんな魔法を手助けするとは・・・恐ろしい、召喚師というものは・・・)
そして、賢者も戦慄した。あんなフリフリをだせるなんて、思っても見なかった。
(彼女は、ダメだ。強すぎる。となれば・・・)
新たなマスターを誰にすべきか賢者が考え込んですぐ、下草を踏む音が近づいてきた。
意識を向ければ、リーダーらしき銀髪の男だ。なにかしら白魔法の気配を感じ取って、
杖は目立つところにそっと移動した。




「あーあ、誰も彼も僕の白魔法は役に立たない、とかいってさぁ」
セシルは抱えていた薪の束をどさりと地面に置いて一人ごちた。
「確かに初歩的なものしか使えないけど・・・でも、杖を装備できたらきっと魔力も上がるのに」
ここにありますよ、杖はちょっと動いて、かたりと音を立てた。
案の定、セシルはそこに目を向けて、それから杖を見つけた。
「ローザの杖だ。・・・・・・」
セシルは、リディアと同じように辺りを見回してからその杖を手に取る。
ちょっとくらい練習したっていいよね、そうぶつぶつ呟いて、
それからこほんと一回咳払いすると、かつて聞いたローザの文言を思い出し、杖を掲げて高々と叫んだ。
「えー、浮かべー浮かべ、レビテト!!」
レビテト・・・相手の体を浮かすその白魔法は、勿論セシルが唱えることはできないはずだ。
セシルがあたりまえだよね、と苦笑し、杖を戻そうとした・・・そのとき、
体の内側から、魔法を使うとき特有の高揚感が湧き上がるのを感じた。
それから、天が答える音。暗くなり始めた空の向こうで、何かがびゅーんとすっ飛んでいくのが見えた。
「えっ、嘘だろう・・・?!まさか、僕がレビテトを!」
セシルはまたぞろ慌てた。なんとなく格好ばかりとやってみたのに、なんだか発動したようである。
彼は考え込んでいたかと思うと、そっと杖をもとあった場所に戻して、
「ローザ、なんだかもっと白魔法を覚えたみたいだ!ローザ?」
うきうきしながら、ローザを探しにやはり木々に分け入っていった。
しばらく彼の声がこだましていた。




(哀れと思って手助けしてやったのだが・・・)
もちろん、セシルはレビテトを使えない。賢者が、残っていたローザの魔力を頼りに発動させたのだ。
素質があることは認めよう、何も力を持たないものでは、杖の手助けあっても白魔法は使えない。しかし・・・
(ダメだな、彼では弱すぎる)
新しい杖の主には。
きっと件の彼女に適当にあしらわれるのだろう、なんとなく可哀想な気分になってきたとき、
賢者はまた違った足音を聞き取った。
いや、足、音ではない。ほとんど何も音を立てずに近寄る、非常に薄い気配である。
これはあの忍者なのだろう、彼には関係のない話だな、と賢者がすっこもうとした時、
それより早く、相手が杖を捕らえた。




「リディアのやつ、まーた変なことしてらぁ」
そういってエッジはくっくと笑った。道を少し分け入ったところで、妙な格好をした彼女に出くわしたのである。
リディアの心配どおり、やはりエッジは大笑いした。そして勿論鋭い一撃を食らった訳だが。
エッジはひりひりする頬をさすりつつ、杖に手を伸ばした。
近くにいい小川があったのだ。夕飯の足しになるほどの魚もいた。
いい釣竿になるな、となんの気もなしに杖を掴んで器用に糸をくくりつけると、
エッジはぶらぶらと例の川へ向かった。
大分空も暗くなってきたが、近く、まさにそうである。小川はテントからほんの数分で着いた。
綺麗な清流だ。底の方を泳ぐ小魚が山と見える。
エッジは適当な場所を見繕うと、手首のスナップをきかせて、竿を大きく振った。
「この印はー水遁!なんつってー」ザーーーー
杖が見誤ったことに、忍者は「忍術」という魔法によく似た技を使う。
意図せず結んだ忍術の印は、杖の魔力と呼応して凄まじい流れを作り出した。
リヴァイアサンの津波と見紛うほどである。
「水とは、こうして使うものだー」、聞いたことのあるセリフが自然と口から出た。
一瞬で清流になった流れに目をしばたかせ・・・まったくもって清流だ。生き物の姿は何も見えない。
エッジはしばし唖然としていたが、やがて気を取り直すと、
周りに数匹魚が打ち上げられているのを見つけて、のろのろ近寄っていった。
「釣りがしたかったのによぉ・・・」
こりゃ魚拾いじゃねえか、つか魚拾いってなんやねん。
そして数匹拾い上げると、テントに戻っていった。川は、再び静かな流れを取り戻した。もう何もいない・・・。



(なんということだ!素晴らしい術ではないか!)
賢者の住んでいた世界では、まだ忍術は発展していなかった。
初めて見る術に賢者は興奮し、そしてついに探す相手を見つけたと思った。
(彼こそ我が新しい持ち主に違わない!かくなる上は・・・)
しかしエッジは、あーとか言いながらテントに戻ると、糸を外した杖に興味を抱くそぶりは見せず、
そのままぐさーっと地面に刺して、森の奥へと分け入っていった。
賢者は杖の中で歯噛みをした。持ってけこのやろー!
仕方がない、自力で彼の元へと行こう、そう念じたとき、
賢者は自分が相当力強く地面に刺されたことを知った。動かない。
(なんという・・・!!早くしないとまたあの少女が!)
そしてまたこき使われる!1ターンごとにレイズ使わされる!
そう杖が慌てていると、唐突に背後から鋭い声がした。
「誰か居るのか?」
杖はぴたりと動きを止めた。モノ、として動いている姿を人間に見せる訳には行かない。
果たしてやってきたのは竜騎士であった。普段手に持っている槍の姿は見えない。
なんとなく手持ち無沙汰に見える彼は、何かを探しているのか、辺りを見回していた。
「セシルか?俺の槍を知らないか?」
あー、あれだ。
勘のいい賢者はぴんと来た。ぴゅーんと飛んでった、あれ。
セシルはとんちんかんに杖を振ったようだったが、偶然にも大きな魔力の流れを作り出したようで、
普通はあんなにすっ飛ばない。なんでこうピンポイントに彼の槍にかけたのだろうか。
意図があったのかどうかはいざ知らず、カインはぼやぼや杖に近寄ると、そのまま勢いで引っこ抜いた。
賢者は驚いた。なぜだからと言ってこの杖を持つ?それに答えるカイン。
「ああ、こんなところにあったのか」
ちょ、杖ですから!!
確かに空はもう真っ暗で、しかも、カインは深く兜をかぶっている、
「細長いもの」→「槍」と捉えられても仕方がない暗がりだった。
しかし、魔力を持たない人間には、彼がいくら叫んだところで声は届かない。
杖があわあわ言っていると、そこにセシルがようやくやってきた。
やはりローザに適当にあしらわれたようで、意気消沈も甚だしかった。
カインはおや?と思いながらもその気配に身を向ける。そして掴んだ杖を逆手に持ったところで・・・
「・・・カイン、後ろ!」
セシルが大声を上げた。ドリフ?いやそれどころではなかった、突如として現れた羽音、
それは空の主と名高い怪鳥、ズー。
剣をさっと引き抜いたセシルは、親友の振り上げた武器?に目を疑った。
「ねぇ、カイン、それ」
「なんだ、俺の槍が・・・なんだか細いか・・・?まあ武器にはなるな」
「うーん、そりゃ細いだろうなぁ」
杖だしなぁ。でもカインが武器にしたいなら僕は止めないよ。
セシルの視界は割りとクリーンである。彼の剣が光を放つこともあり、
カインの言う「槍」が例の杖であることをはっきり見て取った。
気を取り直して、盾を構えたセシル、彼はともかくと、カインが木々を縫って跳躍した。
ズーの叫び声は森中を揺るがす。堪らずセシルは一歩引いたが、
もはやリヴァイアサンまでも下した彼らの敵ではない。一撃を仕掛けようと剣を振り上げたとき、
早くもカインが勢いを付けて降りてきた。彼の武器は寸分違わず怪鳥の翼を穿つ。
魔物の血飛沫の中で、賢者はひたすら後方にいればよかったあの日を懐古していた。贅沢言ってごめんなさい。もうやだ。
「だーかーら、悪かったって!な?」
「ばか、あんなに大笑いして!」
急に森の奥から場違いな明るい声が聞こえてきた。
エッジとリディアが戻ってきたのだ、それから横たわる巨体を見つけ、二人動きを止めた。
魔物の姿こそ見慣れたものだが、まさか帰ってきた途端に拝むことになるとは思わなかったのだ。
どう片付けようか悩んでいるうちに空は完全に暗くなり、
ようやく杖の持ち主たるローザが、堂々と猪を仕留めて帰ってきた。
そして皆の視線を受け、彼女はズーを見つけると、にっこり微笑んで、
「今日は鳥ナベね」






「杖よ!杖よ!杖よ!」
『レイズレイズレイズ!』
(やはりなんだかんだ言って酷使されるのだな、私は・・・)
あの次の日、カインは明るい朝の光の中で、驚愕した。杖じゃん!!!と。
そして杖は丁重にローザにお返しされた。ローザは近頃弓をひいて戦っていたが、
やはりMPが勿体無いのか、再び杖を掲げるようになった。
しかし彼は文句も言えない。また下手なことをして、今度は剣にでもされたら堪ったもんじゃない。
(やはりモノはモノらしく、こき使われるものか・・・)
永遠の命を手に入れるのも同然のこの術を、今ほど恨めしく思ったことはなかった。
そして賢者はまたレイズを唱える。持ち主の声に応じて。
この戦いが終わったら、有給の一つも取れるだろうか、そう思っている賢者は知らない、
杖を手放したローザが、彼の背後でエッジに話しかけていることを。

「もうルーンの杖が手に入ったし・・・私、これから弓を使うし、」
「おうよ、分かった」
「じゃあ、次のボス戦ででも・・・」
「投げるか」
「投げるわね」

そして、杖はまた伝説になる。彼が解き放たれるのはさて、いつの日か。





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