『今頃スイミングスクール』






うだるようなある日、砂漠を歩く一行があった。
遠い草地には、巨大な黒い影が見える。空に浮かぶ二つの月、その内一つに向かう、伝説の魔導船の影。
何故それに乗って移動しない?
この連中の先頭、銀髪も眩しいパラディンセシル、彼はじっと手元の図鑑を見つめていた。

「なぁーセシル、もういいだろ、さっさと平和にしちまおうぜ」

後ろから二番目、横に顔を突き出して、エッジが干からびた声で言った。
実際半分干からびているのかもしれない。彼は、彼だけでなく皆、物凄い汗をかいていたし、
相変わらずかんかんと太陽は照り続けている。エッジは再び口を空けた、
空けたが、その途端からからに乾いたのを感じて、文字通り閉口した。

「サンドウォームが足りない・・・」

セシルがぼそりと呟いた。
図鑑の一ページ、ある部分が空白になっている。ただ巨大な姿が蠢いていた。
冒険の始まりの頃、セシルは随分その長虫にお世話になった。
何度、川の向こうで手を振るカインの姿を見たことか。別にカインは死んでないのに。セシルビジョン。
彼のすぐ後ろ、ローザは何も言わずに辺りを注意深く見回した、
何もいない、普段はうっとおしいほどのデザートサハギンすら、暑さに耐えかねて砂の奥に潜ったとみえる。
列の最後のカインも何も言わない。そのまま無言で魔導船を槍で指した。
セシルもまた無言で首を横に振る。交渉は静かなまま決裂に終わった。

「あぢー、もうマジでやばいって!ほらセシル、ローザだってつらそうじゃねぇか」
「あら、私は平気よ」
「・・・」
「でも・・・確かに皆そろそろ疲れてきたね、リディア、大丈夫かい?」
「だいじょーぶ!」
「何でだ?!」

何故か軒並み女性陣は元気だった。
ローザは熱病に罹患したとはいえ、かつて一人でここを突っ切った猛者だし、
リディアはといえば、彼女の住んでいた幻獣界と人間界の間、広大な溶岩地帯が広がっている。

「それに、ミストの夏・・・みんな知らないでしょ、こう、来るよ、むわーっと」
「あぁ・・・」

からからも辛いが、それも辛い。一行は想像だけで黙り込んだ。
また静かになった行列、セシルはしばらくして、とにかく、と一言。

「一旦休もうか」
「・・・ここで?」
「ここで」

この砂漠のど真ん中で。それは休むって言わないんじゃないか、とカインは思ったが、黙っていた。
確かに魔導船まではやや掛かる。それまでに日干しにでもなってしまいそうだ、
変わらずだんまりの一団。セシルはリディアに向き直る。

「リディア、ブリザドをお願いできないかな。それかシヴァを」
「ブリザドはいいけど・・・魔法だからすぐに消えちゃうよ」
「そしてシヴァはいくらなんでも死ぬだろ」

自分の魔防を省みろ、と。毎回体力だけで乗り切っているような奴。
セシルはせっかくのアイデアなのに、と見るからに気を落としている。
でも、と言葉を続けるリディア、一行はまさか、と彼女を見た。やるの?

「リヴァイアサンならなんとかしてくれるかも。水のことならリヴァイアサン。トイレのつまりにリヴァイアサン」
「便利屋みてぇなやつだな」
「実際便利屋ね」
「リヴァイアサーン」

リディアの声が、からっからの空に響いた。暫くの間、
それから砂を巻き上げて、巨大な長虫が空に舞った。咆哮、咆哮、二回。
召喚獣とはいえ、思わず一行は身構える。それほどの力を見せ付けるその姿をくるりと反転させ、
リヴァイアサンはリディアに向き直った。もう一度、凄まじい叫びが轟く、
竜王はいう、敵の姿など何処にも見えない、と。

「リヴァイアサン、お願い、水源を探して!」
「ああ、なるほど、そうするつもりだったのか」
「うん、オアシスが出来ればだいぶ楽でしょ?」
「それはいいが・・・」

まだ咆哮の響きが残っている。カインは眉を顰めた。そんな地道なことをこの竜王がやるのか?
訝しがる彼を尻目に、リヴァイアサンは大きく頷く。そして、普通に言った。

「ほっほ、分かったぞ、ちょっと待っておれ」
最初から普通にしゃべれよ!!登場だけ派手にしやがって!」
「つまらん男じゃのう、ほれ」
ギャー!!!

リヴァイアサンの軽く振った尻尾、その真下から水が盛大に噴出した。
カインはほう、と呟き、リディアとローザ・・・とセシルまでも歓声を上げ、
それから吹き上がった砂はまともにエッジにかかった。これはわざとである。
リヴァイアサンは満足げに唸ると、手を振るリディアに(普通に)手を振り返し、
それから霞む様にふっと消えた。

「さて。」

新しく出来たオアシスに、セシルが近づいていった。
滾々と清水が湧き出す小さな泉である、掬ってみれば、ひんやりとした水が心地よい。
リディア、ローザ、二人はセシルのあとに駆け寄り、
残されたカインは、全身を振って砂を落としたまま憮然としているエッジに軽く声をかけてから
やはり一行の後を追った。

「わー、エッジ、触ってみて、凄く冷たい!」
「ちょいとリヴァイアサンのじいさんにお言葉申し上げたいんだけどな」
「エッジ度量衡狭い」
「衡はいらないんだよ、リディア」

リディアは笑いながら水をぱしゃぱしゃと弄ぶ。ローザがその脇にしゃがんで泉を見渡した。

「それなりに深そうだけど」
「リヴァイアサン深いの好きだから・・・」
「ああ、そう・・・」

リディア、ちらりと後ろを振り返った。ローザ、彼女もまた男たちをちらと見る。

「あー、泳いだら気持ちいいだろうなー」
「そうねー、そろそろ干からびちゃうわねー」
「・・・なんだ?」
「リディア、ローザ?」
「あー、お前ら鈍いな、いいぜ、俺らの事なんか気にせずに、な」

女性二人、顔を見合わせる。
セシルはまだ首をひねっている。カインは大人しく、積み上がった砂山の裏に寄っていった。
それも見ずに、エッジがにやりと笑った。

「水浴びだろ、ようするに」
「・・・ああ!そうだね、」

そこでセシルはぽんと手を打った。さすがにただの衣服で水に入る訳にも行かないだろう、
親切心か、はたまた・・・か、エッジが言うにはお構いなく、ということであった。
女性はまたまた顔を見合わせる。そしてリディアがエッジに向き直った。

「え・・・エッジがここで着替えたいなら、私たちがあっちに行ってるけど」
「・・・は?いや、だからな」
「いいよ、別にエッジがふんどしでも私気にしないよ、私たちのこの服水着なんだ」
ちょ、ふんどしじゃねえ!!・・・や、違う、それ水着かよ!!!
「そうよー、何のためにこーんなぴっちぴちしたの着てると思ってるのよ、レーザーレーサーよ」
世界最速!!?

世界最速。どうりでリディアのボディラインが流線型な訳である。
そればかりか、ローザも世界最速とのこと、もう誰も彼女に敵わないのか。
あーでも、胸当ては鉄製ね、錆びちゃうわ、じゃあ外せよ、別に俺は気にしないぜー
その流れで、ローザはにっこり笑いながら弓の弦をぴん、と弾いた。
途端にエッジが黙る。俺のいない間になにか警告が増えている・・・カインはちょっとぞっとした。

「気持ちいよー冷たくて」
「お前、リディア、もう入ったのかよ」
「エッジも早くはいんなよ」

リディアに促されて、ざぶん、エッジは武器を脇に置くと、無頓着にもそのまま水に入った。
かなり薄着である、そして仮にも忍者、着衣水泳などお手の物だろう、
嬌声をあげるリディアをふざけて追いかけ始めた。

「こっちこっち」
「わーってるっての」
「もう、遅い!」
「ばっか、ちょっと待ってろよ!」
「早くー」
「わかっ・・・ちょ、待て、お前マジで速い!!!

世界最速ですから。笑顔のリディアは半端なく速かった。エッジがもう忍者の威信を懸けて追いかけている。
それを見ながらローザは砂の陰でくつろいでいる。泉から吹き上がる風も確かに心地よかったが、
同じく最速なのではなかったか、泳がないのかとカインが問うと、ローザは、

「準備体操してからにするわ」
「け・・・堅実だな」

そして何かのメロディーを口ずさみながら、不思議な体操を始めた。
ローザはともかくあいつはどうした、と横を見ると、
セシルは今にも飛び込みそうな格好をしていた・・・鎧のままで。

「セシル、待て!!せめて鎧を脱げ!!」
「嫌だ」
「何故だ!」

襟首掴んで引き戻したセシルは、頑なに首を横に振って、唇をかみ締めた。
その真剣な表情に、思わずカインも真顔になる。なにか理由があるのか、
そしてセシルは息をつくと、カインを真っ直ぐに見詰めた。

「あれは・・・そう、ゾットの塔に向かう前だった・・・」
「・・・」

例の場には自分はいなかった、カインはそれでも記憶を漁る、

「その間になにかあったのか」
「ああ、あったとも・・・トロイアの町だ」
「・・・」
「あそこの池には・・・人が沢山泳いでいるんだ。そして、僕も泳いだ、鎧で」
「泳いだのか・・・」
「そして・・・だいぶ時間も経った頃、僕は一人の人に言われた」
「・・・何を」
「「錆びますよ」と。・・・先に言ってよね!!
「ああ・・・」

思い出した、そういえばあの飛空挺の上、セシルはやけに茶色かった。
錆びていたのか・・・
しかし、それとこの話が繋がらない、首をひねるカインを他所に、セシルは水に飛び込んだ。

「おい!今錆びるって言ったばかりだろ!理由になってないぞ!」
「この鎧の冷たさ、堪んないんだよ。トロイアの話はただの愚痴です」
愚痴か?!いや、しかしまた錆びるぞ!」
「大丈夫、大丈夫だよー」
「セシル!」

結局彼は鎧のまま、すいーと泳いでいってしまった。意外と器用な奴である。
何が大丈夫なものか、結果はもう見えている、と、ため息をついて日陰に移動したカインに、
水から上がってきたリディアが声を掛けた。

「あら、カインは入んないの?」
「俺は・・・気にするな、勝手にさせてくれ」
「えー、干からびるよ」
「・・・干からびない」
「カインはね、」

すいー、とまたセシルが近づいてきた、そして口を開きかけるが、
カインにギロリと睨まれ、あっ、と言って口を手で塞いだ。そして曖昧に笑う。

「泳げないんだよ、リディア」
俺はそれを言うなと言いたかった!今の仕草はなんだ?!黙ったフリか?!」
「いや・・・くしゃみが出そうで出なかった」
「そっちの仕草か!!」

別に関係ありません、と。セシルはちょっと笑ってから、ごめんねーと言った。
脱力したカインだが、リディアが容赦なく追撃する。

「泳げないんだー」
「おっ、なんの話だ?この兄ちゃんが泳げないってマジで?」
「お前は話に突っ込んでくるなこの忍者もどき!リディアにどうせ追いつけなかったんだろう」
「もどきってなんだ!・・・まあ確かに追いつけなかったけどな!」
「速いでしょー」

リディアが胸を張った。えへん。世界最速は忍者よりも速いです。
しかし、もどきとかなづちは彼女を他所に盛り上がっている、曰く、泳げない!いや、泳がないだけだ!

「そう、泳がないだけだと思うわ、私は」

いつの間にか近づいていたローザがそっと言った。男二人は論争をぴたりと止めて彼女を見る。
音も無く泳いでいくセシルを横目に、ローザは昔を懐かしむように始めた。

「あれは・・・そう、私たちがバロンの士官学校に入学してすぐ・・・」

随分昔の話だ、苦虫を噛み潰したような表情のカイン、エッジは意外に思いながらも話の続きを促した。

「初めて甲冑を身に着けたカインと私が中庭にでると、水路で子供が溺れかけていたの」
「おっ、まさかカイン、その子を助けたのか。見かけによらずいい人だな」
「なんだ、見かけによらずとは」
「ええ助けたわ」

ひゅう、とエッジの口笛、確かに、初めて甲冑を着けた子供が水に入って恐怖を味わっても仕方ない。
しかし、カインはもうぎりりと音が鳴るように首をローザに向ける。

「ローザ、もうその話は・・・」
「なんで?カインいい人じゃない」
「いえ、自発的に助けたんじゃないのよ、私が背中を押したの、「カイン助けてあげて!」って」
「うわぁ・・・」

初めの甲冑、しかもいきなり意思に反して水中イン。
カインはそのときのことを思い出したのか、真っ青になっていた。さすがのエッジもちょっと同情した。
セシルがまた、水から上がった一同の横を通り過ぎる。

「そしてそこで溺れていたのは、一足先に鎧を着けてたこの僕でした」
お前か!!
「な・・・お前だったのか?!?

驚いたのはエッジだけでなかった。時を越えて真実が明らかになった。
あの時カインは水から助け出されて、暫く生死の間をさまよったのである。知らなくても無理は無い。しかし。

なんであの時も鎧を付けて・・・!そんなに冷たいのがよかったのか!」
「え、初めて鎧を着けたんだから、あの時は冷たいなんて知らなかったよ」
「じゃあなんで・・・」
「そこに水路があったから・・・」
「・・・」

有名なセリフをぱくっている、その上どうでもいい内容である。
エッジは「なんだよー」とか言いつつ、リディアと共に水辺で遊び始め、ローザも二人に着いて行った。
そして、カインがしばし唖然としていると、泉の中央辺りでセシルが彼に向き直った。

「カインもおいでよ」
「嫌だ」
「えー冷たくて」 とぷん
?!?!?

カインは急に立ち上がる、セシルの姿が忽然と消えた。
大声で呼びかける、「セシ、」
しかし同時に三人の辺りから悲鳴が上がった。振り返ると、なんとタイミングの悪い、
空にも届く巨大な芋虫が砂を撒き散らして現れていた。

「サンドウォーム!!!」

ごう、虫が呼吸をする度、生暖かい空気が腐臭と共に移動する。
ねっとりとまとわり着く風を蹴散らして、唯一武器を持っていたカインは芋虫に近寄ると、
横薙ぎに槍を大きく振る。

「邪魔をするな!」
「うわ、菊一文字どこだっけ」
「お前はもういいから!」
「もう少し抑えていて!」

振り返る間もない、ローザの声が上がる、リディアが詠唱を始めているのだろう。
セシルは・・・水中に姿を消してから見当たらない。今更溺れるような奴ではないだろう、
彼一人を心配する間もなかった。月の影響を受け、魔物は強烈に強くなっていた。
ようやく刀を手にしたエッジが切り込んでくる。振り払われた尾をふたりで受け止めた。
普段攻撃を一身に引き受けているセシルがいないのはやはり辛い、しかし、
二人は確実に背後で呪文が組み立つのを感じ取った。そして、

「・・・ブ、リ、ザ」


「あー酷い目にあった・・・」
「「あ」」

ぽっかり空いたサンドウォームの口の中、泉に沈んだはずのセシルが這い出てきた。
一行は顔を見合わせる。どうしよう、どうしようもない、もう呪文は完成している。
サンドウォームが息を吸いもうと、もう間に合わない、

「・・・ガ」

カキーン

いい音を立てて、セシルもろともサンドウォームは凍りついた。と思うと叫びを上げて崩れ落ちていく。
そして黄色表示のセシルが一人、残されていた。
魔防を省みろ、と。最初にエッジが言ったことは正しかった。









その後、図鑑を辛くも完成させた一同は、ようやく世界を平和にした。
フースーヤとか、ゴルベーザとか待ちくたびれていた。ゼムスですら。
そして、彼らの行動が物語になった後も、泉に沈んだセシルが
どうやってサンドウォームから出てきたのか、口にすることは永遠に無かった。
砂まみれになった、勇者だけの謎。
「まあ想像つくけど、口から出てきたって事は、入ったのはそれは・・・」
そうため息と共に言う、ローザだけの謎。





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