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『通りすがりのストーリーテラー』
ざんざんざーざー雨の降りしきるある日のミスト、
例の火事以降、空き家になっている家の軒下にいたカインは、無頓着にも平然と歩いていくエッジを見つけ、 襟首をつかんで軒下に引っ張り込んだ。
エッジは、カインの存在にこそ気付いていたが、まさか自分を捕まえようとしているなど考えておらず、
唐突な衝撃に思わず声を上げた。
「おうわ、なんだぁ?」
「おい王子さま、例え風邪を引かない自信があっても、身体には気をつけろ」
「げっ・・・気味わりぃ、気をつけろ、だってよ。そりゃ俺は健康には自信が・・・」
「なんとかは風邪を引かないというがな」
「そのネタか!!」
要は馬鹿にされてます。エッジは大声でつっこんで、それから空をみてため息をついた。
雨の残像でか、灰色を通り越して真っ白にすら見える空。 轟音を上げる雨は、通り雨のはずなのに静まる素振りすらまったく見せない。
隣の真面目な竜騎士さんは、一度ああ言った以上この中を帰らせるようなことなどしないだろう、
仕方なく小降りになるまで、ここでぼーっとしてようと。
エッジは次いで、気配を感じて後ろを振り返った。
変わらず、空き家がそこにある。奥のほうで、かつては小部屋に繋がっていただろうドアがちょっと空いているのが見える、その小部屋自体は焼け落ちたままだ。
空き巣、住居不法侵入、そんな言葉すら抜け落ちるような惨状だ、気のせいと片付けて前に向き直り、
エッジは霞む景色を何となしに見た。境界があやふやになるような世界だ、いや、何の境界?
「昔こういう日に」
なんの前置きもなしに、カインが口を開いた。ぼーっとしていたエッジは、実際飛び上がらんばかりに驚いたが、
平常を装って彼に尋ねる。何がどうしたって?
「セシルとローザと、バロン城の奥まで探検しにいったことがあった」
「へぇ?」
「この間、陛下がいた場所だ」
「あー・・・あそこな」
「そこで俺たちは老人にあった」
三人は人影を見つけて、ピタリと足を止めた。
小柄な姿は、腰を曲げた老人であった。彼は子供たちは振り返ると、微笑んだ。
壁一面に書かれた古代文字、三人でただ一人学んだローザが、眺めては首を傾げている。
老人はまるで預言者のように、実際預言者なのかもしれない、三人に告げた、
足を踏み出せずに道を外す、哀れな慎重者。
己の悩みに気を取られ、友を見失う臆病者。
どちらかを幸福にし、どちらかを不幸にする罪人。
セシルも、カインも押し黙った、誰がどうとは言わずとも、彼らを指すものだろう。
私は、足を踏み出す、友をずっと見つめる、それに、どちらも幸福にするわ、
ローザが一人、声を上げた。 老人はそれぞれの姿を見て満足げに頷いて、
ただ一言、帰れば良いと言った。
「ローザ昔からなんかたくましいな」
「あぁ・・・変わらない、彼女は」
「すげぇ」
「・・・その後戻ってから、セシルのやつがな、あれが前の陛下の肖像画に似ていた、と言った」
「げっ・・・だってよ、前あそこにいたのは」
「ああ、そうだな、ローザが言うには、壁に『かつての王の間』と書いてあったそうだ」
「うげぇ、幽霊祭りか」
「今更何を言う」
カインはエッジのセリフに肩をすくめた。
確かに散々魔物を蹴散らしている男だ、何を恐れるのかと。
「や、魔物と幽霊は違ぇよ、全然違う。ゾンビだろうが、スピリットだろうが、あいつらはそういった生き物だ」
「ほう」
「幽霊は死者」
「そういう分類か・・・この怖がり王子め、ツンブル王子」
「なんだその新カテゴリー?!・・・しっかしまたあのバロン王も随分ファンタジーだな、召喚獣とかなっちまってよ」
「まあそれはファンタジーだからな」
「あれでもし「実はプラズマでした」とか言い出したら」
「それはファンタジーに似た別の何かだな、FF、正式名称「ファイナル何とか」」
「ファイナル何とか・・・」
雨が一瞬大人しくなって、それからまた強くなった。蒸し暑さも忘れて、エッジは思わず身震いした。
止まねぇな。あぁ、止まないな。
エッジの呟きにカインが答えた。
再びぼやけた景色が辺りを覆う、二人もぼやかされた様に口を閉じた。
しばらくして。
「そういえばよ」
今度は急にエッジが話し始めた。
カインは首だけ動かしてエッジを見る、エッジは壁にもたれて頭を傾けていた。
「俺もだ、こんな雨の日、エブラーナの地下牢に行った時に」
「なんでわざわざ雨の日に行くんだ」
「選んだわけじゃねぇ、確か最後の休暇が始まって、当番交替の隙を付く、最後のチャンスだったんだ」
そう聞けば、自分たちもそうだった気がする。思い出すまで、すっかり忘れていた。
思い出すまで・・・そうだ、あの冒険の話は完全に忘れていたはずだ。しかし。
「地下牢の奥に、井戸がある。・・・曰くつきの、な」
「なんでわざわざ行くんだツンブル王子」
「またツンブルって言った!!・・・あるだろ、怖いもの見たさだよ。お前もそうだったんだろ」
「いや、俺たちは違う。城の奥から音が聞こえる、絶対不審者だ・・・とセシルが言い張ったから、皆で行くことにしたんだ」
「お前昔から苦労してるんだな、あいつに付き合ってよ・・・」
「・・・ああ」
何故急に思い出した?何故急に話し出そうと思った?
カインは眉を顰めて、ついさっきの記憶を手繰り寄せる。
「覗き込むと、覗き返す影が見える、っつー奴だ。暗いから、影の正体は見えねぇ。だが、自分じゃない」
「よくある見間違いの類だろう、幽霊の正体見たり、ベヒーモス、という」
「・・・それはそれでヤバイんじゃねぇか?」
「ローザがいれば怖くない、ブリンクがあれば」
「あー、もっと怖いのがいりゃ、怖くないってもんか」
「・・・今のセリフ、ローザに伝えておくぞ」
「やめてくださいお願いします」
素直にエッジは謝った。だったら最初から言うなという話である。
エッジはそこで首を傾げた。俺この話随分忘れていたな、と。なんで急に思い出したんだろうな。
「・・・お前もそうなのか?」
「お前も、って・・・まあいいや、そんで、俺はうまいこと見張りをかいくぐって、その井戸を覗いた」
「・・・」
真っ暗だ。地下牢はただですら薄暗い。
暗い隙間に浮かぶ影、自分か否かなど以前の問題だ。エッジは持って来た松明を井戸に翳した。
ちらり、揺れる光が反射している。揺れているのは、光か、水面か。
風は勿論無く、松明から炎は真っ直ぐ上がっている。
ならばこの水は揺れているのかと、エッジは身を乗り出した、そして目が合った・・・自分?いや、
「魔物か」
「違う」
黒い髪の人影。エッジの髪は黒ではない。しかし明るい灰色は、水面にちらとも見えやしない。
何か、影そのものが彼の松明を掴んだ。落とさないように括っていた紐ごとエッジを引き込む。
エッジは素早く動いた。紐を瞬時に片手で解いた、松明は犠牲にする。炎が何処までも落ちていくのが見えた。
しかし今度は影は彼自身を捕らえた。エッジが息を呑む。それから叫び声、誰のか?自分のものだ。
混乱する意識の中、唐突に人声が聞こえた。井戸から吹っ飛んだエッジは床にしたたか体を打ち、
呻きながら立ち上がると、肩で息をする護衛の忍者たちが見えた。
「んで、すげぇ怒られた訳よ」
「まあ、王子ならば軽率な行動は慎むべきだな」
「うわぁ、じいやみてぇ、やーい、じじぃ、じじぃ」
「ああ、確かに精神は年食っていると言われるぞ、この外側じじぃの内側お子様め!」
「その罵倒文句長ぇ!!」
もしそこで護衛たちがいなかったら。
考えるのも恐ろしい、そのギリギリっぷりに、エッジは今更ながらぞっとした。
急に黙ったエッジを横目でみてから、カインは急に思い出す。
この軒下に来てすぐ
「おばけのはなしをしてよ」
小さな声がしたのだ。復興を始めたミストだ、火事で大勢死んだとはいえ、子供がいてもおかしくは無い、
その声だろう、と、その時は気にしなかったのだが。
「・・・なんかよ、変な気分だ、誰かがこの話聞きたがってた、みたいな」
「・・・そろそろ雨で頭にでもカビが生えた頃か、王子さま」
カインの口は勝手に軽口を叩く、しかし、こいつまでそう思ったのか。内心気が気でない。
「地毛と思わせて既に白カビか」
「・・・それセシルに言うぞ」
「お前に言ってるんだ!・・・セシルには言うな」
付け足した一言にエッジはにやりと笑った。カインが何も言及しないことに安堵したようだが。
雨足が瞬時に強くなる。全ての音がかき消されて、一瞬自分を見失う。
ああ、線を越えた、カインはふとそう思った、そして物音を聞いて後ろを振り返った。
エッジもまるで同じ動作をしていた。二人揃って、小屋の中を覗き見る。
例のドアに、内側から小さな手がかかっていた。・・・子供の手。
「ああ、ありがとう、幽霊って、そうすればいいのね」
それから一瞬の間、ドアがパタンと閉まる。
雨音が止んで、しかしそれでもその音は響かず。
雨はあっという間にすっかり止んだ。厚い雲が流れ始める。
それでも二人はまだドアを見ていた、
雲の合間から、最後の雨粒がぼたりと落ちた。 |
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