『エターナル・サーガ』





人声からやや離れ、バルコニーのリュートが、微かな調べを奏でる。
流れる雲は、灰色のまま空を横切る。濁った闇がかき回された。二つあった月が、一つ消えている。
随分暗くなった空だ、と男は思った。
各国から訪れた華々しい一団は、一人、また一人と部屋へ引き下がり、
最後に白魔導師の幼い少女が、相方を引っ張って部屋を出ていく、その直後、部屋の照度が落ちた。
僅かに後に残ったのは、新しき王と近しき者たち。それまで人目を気にして節制していた人間が、辺りを憚らず杯を傾ける。
バルコニーの男は首を持ち上げ、しかしそれでもリュートの調べは続く、
その男の名は、ギルバート。


剣を振るい 斧を担ぎ かれは何を失った
盾を掲げ 光をかざし かれは何を守った


ギルバートはとうとうと歌い出した。
女神の声とも称されるその声は、微睡むような空に溶けていく。


許さずに殺すのか 殺さずに許すのか
許すために生かすのか 生かすために許すのか
闇と光を得た王よ


詩はまるで古から伝えられてきたもののように、淀みなく続く。
聖王セシル、その名を紡ぐサーガ。
そこで一瞬、風が通りすぎた。突風に長い金の髪を遊ばせる。
ギルバートはやがて口を開く。風すら大人しく耳を傾けた。


彼の手を取り 導きし者
彼の光に 導かれし者
彼らの旅を聴くが良い 彼らの伝えを聴くが良い


最後の一音が長く響く。
リュートと彼の声の余韻は、しばらく闇夜に木霊していた。




「まあそんなわけでー」

エッジはいくらか咳払いすると、大きく杯を掲げた。

「素晴らしき我が友に、かんぱーい」

彼の音頭に従い、広間全体で声が上がった。
夕方から続く祝いの会、誰もが楽しそうに微笑んでいる中、奥の一角には不穏な空気が漂っていた。

「おい、セシル、飲めよぅ、おめぇの祝い事だぞ」
「うーんそうだねーあはははは」
「セシル殿?!」

笑いながらセシルの口にワインを注ぎ込むエッジ、その側でヤンがはらはらしていた。
セシルと言えば、乱れた世の中で儀礼用の鎧が手に入らなかったこともあり、
彼は最終決戦の場で得た水晶の鎧を身につけていた。
やはり笑いながらエッジの声に応える、しかし目は確実に死んでいる。


「エッジ殿、止めよ、セシル殿は今にも死にそうだ!」
「んな堅ぇコト言うなよ、祝いの場だぜ、ほら、ヤンもどうだ」
「む・・・かたじけない」

今にも死にそうなセシルを尻目に、ヤンはエッジの差し出した杯を受け取った。多分彼も酔ってる。
そのまま一気に飲み干すヤン、エッジは部屋の隅でローザと話しているリディアを見ていたが、
やがて彼女たちが近付いてくるのを見ると、慌てて目をそらした。

「なーに、エッジ」

目敏くもそれに気付いたリディア、鶏肉か何かを手に持っている。

「なんでもねぇよ」
「嘘だ」
「嘘ついてどうするよ」
「嘘つきねぇ、エッジは嘘つきね、嘘つきは嫌い、だからエッジは嫌い」
「ば、おめぇ何言ってるんだ!」

切り捨てられた。ばっさり。
狼狽えたエッジは助けを求めるように、彼女の後ろにいたローザの顔を伺う、
ダメだった、ローザの目はばっちり座っていた。

「言い訳してもムダよこのムラサキマスク、リディアの言う通りよ」
「あああ何だローザアルコール弱いの?!ムラサキマスクなんて初めて言われた!」
「あとあれ、そうそう、アレ・・・私、手裏剣苦手だわ、だからエッジ苦手」
「今ムリヤリ手裏剣引っ張り出してきたよな?!そうだよな?!」
「ちょっと、言いがかりは止してくれないかしらムラサキウニ」
「もはやムラサキしか繋がりねぇよ!!」
「そんなことないわよーぅ」

けらけらと、ローザとリディアは声を合わせて笑った。
エッジはげんなりしながらも、リディアの手にある肉に目をとめる。
見たことの無い不思議な色の肉だ、・・・ムラサキ?

「ちょっとおめぇら、なんだコレ」
「やあねぇ、肉よにく。目まで酔っぱらっちゃってるのかしら、ゴルベーザ」
ゴルベーザじゃねぇええええ!!!目まで酔っぱらってんのはそっちだよ!!っていうかこの場にゴルベーザはいねえよ!」
「やだなぁエッジ、ローザはからかっただけよ、ね、バルバリシア」
「今途中でエッジって言った!!言ったよな?!何で語尾がバルバリシアになってるんだよ!!」

リディアは満面の笑みで肉を振る。エッジはその右手を掴んだ、早業で肉を掠め取る。
手のひら一つ分はありそうな大きな肉だ、さっきのは見間違いではなかった。確かにムラサキ色である。

「あっ、泥棒、泥棒ムラサキタコ」
だから何で海鮮物になるんだ!!・・・っと、なんだコリャあ」

エッジはその固まりに鼻を近づけた。妙な臭いがする。香辛料で無理に消してあるようだが、エッジの鼻は誤魔化されなかった。
振り返ると、この肉が広間の真ん中にでんと積み上がっている。誰もその山に近付く気配を見せない。
俺だけじゃねぇ、みんなが怪しいと思ってる、誰も食べやしねぇじゃねぇか、
エッジがそう考えていると、リディアが笑顔のまま呟く。

「このお肉、美味しそうねー」
「ストップ!ストップ!!食うな!」
「なんで?」
「これバロン名物よ、シェフ曰く」

ローザが口を挟んできた。バロン名物?、その割には誰も食べていない。
訝しむエッジ、ローザはしれっと続けた。

「今日からね」
「今日から?」
「シェフの創作料理なんですって、さっきセシルが美味しい美味しい言って食べてたわ」
「あいつ・・・食ったのか」
「だから私もいいでしょ、美味しいなら食べたいもの」
「だーめ」

エッジは肉を高く掲げた。そしてゆっくり言い含める。

「アイツは宇宙人だからな、割と雑食なの」
「へーセシル雑食なの?」
「おう」
「よかった、つまり何作っても食べるってことね、創作料理・・・」
「・・・おう」

ローザが虚ろな瞳で腕まくりしているのを見て、エッジは心の中でセシルに謝った。
悪ぃセシル、リディアを助けるためだからな。ローザが何作っても俺に責任はありません。
リディアは一応は納得したようだった。またローザと連れ合ってどこかにフラフラと歩いていく。
エッジはうぁ、とか微妙な声を出したまま固まった。誘う前に連れて行かれてしまった・・・。




日が世を幾度と照らし 月が世を幾度と照らし
彼らが世を幾度と駆ける
揺るぎなき大地を 終わりなき空を


ギルバートは再び歌い出した。
中の喧騒が嘘のようだ、バルコニーはただ彼の歌声だけが響く。


友の誇り 愛の絆 父の心
彼らは飛び立った
久遠の月へ




「おおい、ヤン、生きとるか」
「うぅむ・・・すまぬ、もう飲めん・・・」
「飲まんでかまわん」

広間の奥、シドは空いていた椅子にどっかりと腰掛けると、隣のヤンに声を掛けた。
ヤンの顔は真っ赤である、先ほどの酒の量にも関わらず割と正気なのを見て取って、シドは内心舌を巻いた。

「凄いやっちゃな、まだ元気か」
「いや、もう瀬戸際ですな、私達は普段呑むことをしませんので」
「しかし強いもんじゃ」
「そうですかな、しかしシド殿もなかなかのものでは」
「わしはいつも潰れておるよ、今日は愛息子の晴れ舞台、前後不覚じゃかなわんからな」
「なるほど」
「エブラーナの者は強いとは聞いていたが・・・どうもファブールも強いようじゃな」
「いや、そうでもありませんぞ、もう瀬戸際ですな、私達は普段呑むことをしませんので・・・うっ・・・」
「・・・ヤン、ループしておる、とっとと寝たらどうじゃ」
「・・・かたじけない、私は今日はもう休ませていただく・・・」

それからヤンは、水を、と呟いてから手近な一杯を飲みほして、
呻きながら立ち上がると一礼してドアをくぐっていった。シドは、それは酒だ、と思ったが、無言のまま片手を挙げて返した。
気が付けば、徐々に人も退いている、後に残っているのは僅かな人間ばかりであった。
わしも少しでおわりにしようと、その席でしばらく呑んでいると、やがて前から例の二人組が現れた。
なんだかんだでリディアは再びあの肉を持っている、今度は両手に。
そしてきょろきょろと辺りを見回していた。

「リディア、ローザ、どうした」

声を掛けると、二人ともふらふらと近付いてきた。随分と危なっかしい足取りだ。

「シド、実験台・・・じゃなくて、ギルバート知らない?」
「ギルバート?見とらんな、どうする気じゃ?」
「この肉をね、味見してもらいたいの。セシルしかまだ食べてないし、広間じゃみんな避けてたから」
「その避けっぷりを知らないギルバートに食べて貰うの」
「もう部屋じゃないのか?」
「そんなはずないわ、私たちずっとドアを見ていたもの、片時も目を離さず!」
「ほほう、片時もな」
「ええ、エッジが三十秒に何回瞬きをしているのかを数えていた間も目を離さなかったわ」
「ふむ、それはどう考えても目を離しているじゃろう、何故そんなことを数えたのかも気になるが」

やんわりとしたシドのツッコミ、二人はまたけらけら笑って、「秘密」と言った。
それからまたふらふら歩き出した。どうもバルコニーへ向かっている。
騒がしさが小さくなったおかげで気付く、確かに外からリュートの音色が聞こえた。
ああ確かにそこにいるかも知れんな、シドがそう言うと、
「探してみるわ」とローザ、リディアを連れて、そのままゆらゆら歩いていった。酷くなっている。




 
友を許し 宿敵を許し 
月の奥地に立った彼は
託された力で闇を討つ


冒険を伝える詩は、終盤に差し掛かっていた。
ギルバートはまた旋律を詠う。いつの間にか静かになっていた広間に、
リュートの音色と彼の歌声が静かに響く。


そして大地に戻りし勇者
人は彼らを忘れること無かれ 
詩われしものは 今もこの月の下で




「でね、いまあなたの後ろにいるのよ」
「え、ちょ、わあああああああ!!!

唐突に声を掛けられ、ギルバートは歌モードの美声のまま叫んだ。
慌てて振り返ると、ローザとリディアがくすくす笑っていた。それにしても今の文句・・・。

怖いよ!!それ!!
「えー今のギルバート面白かったのに」
「そういう問題じゃなくって!」
「まあいいわ」

ローザが腕を組んだ。そして大きく頷く。

「綺麗だったわ、今作ったの?」
「あ・・・ありがとう。実はね、ちょっと前から最初の部分は作ってあったんだ、君たちが絶対勝つと思ってね」
「へぇーえ、うっとりしてなかなか声掛けられなかった」
「照れるよ」

リディアの真面目な顔での言葉、ギルバートははにかみながら微笑んだ。
ローザもゆっくり微笑む、そして首を傾け、リディアを促した。

「ええ、そんなあなたに、どうぞ」
「・・・?」

リディアは右手に持っていた肉を差し出した。暗がりのせいで、色がよく見えない。
しかしさすがはギルバート、怪しい展開に不安げにローザを見上げた。

「え、ちょっと、これは何だい?」
「肉よ、肉」
「肉って・・・まんまだね・・・」
「さあ、食べなさい、さあ、さあさあ!!」
「ちょっと!待って!!ウェイト!!落ち着いてローザ!!
「落ち着いてるわ、今まで私はかなり遠慮していたの、だってただの一白魔導士だもの。でも今はバロン女王よ!!
「遠慮?!何を?!!
「どうしたんだ?」

そこで運悪くも現れた男がいた。サーガに詠われる男、新バロン王、さっきまで酔いつぶれていた男、
すなわちセシルである。
相変わらず虚ろな表情だ。ぼーっとした瞳のまま、彼はローザ、リディア、ギルバート、それから彼の手の中にある肉に目をとめた。
そして大きく微笑んで、

「あ・・・それ、美味しいよね」
「お、美味しい?」

リディアの左手から肉を貰うと、もくもく食べた。
それから、笑顔。

「うん、美味しい、さすがバロン名物」
「え・・・普通に食べられるのかい?」

今日からだけど、小声で言い足したローザを気にしないことにして、
ギルバートはパラディンスマイルに促され、恐る恐る肉を口に近づけた。
・・・不思議な香りがする、しかし彼は潔く肉を食いちぎって、飲み込みがらローザに問う、

「しかし、これは何の肉なんだ?」
「ギガントード」




そしてカエルになりし勇者
人よ 彼を忘れること無かれ 
詩われしものは 今もこの月の下で




「誰かエスナかトードを・・・!セシルは、セシルは何で・・・クリスタルメイルか!!
「うううん、頭がくらくらするー」
「もうだめ、気持ち悪い」
「何・・・かしら、多分これ夢うつつってやつね、早く寝なきゃ」
「ってみんな帰らないで!!!




明くる朝を待っている
誰かが目覚める その時まで
ゲコ。












リクエスト作品

クリスタルメイル:ほとんどの状態異常回避



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