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「ポールダーダッシュ」
世界が平和になって、それから。
きょうのバロン城はいつにもまして騒がしかった。これから新国王と女王となるひとの結婚式が始まるのだ。
女中達が猛スピードで廊下を駆け抜けていき、有能な執事でさえ興奮したように囁く。 さぁ、これから素晴らしい時代が始まりますよ!
そうして城中に料理の匂いが漂ってきた頃。 準備の始まる直前に、当の本人達はセシルの部屋でまったりと会話を続けていた。
「あ・・・いい香り、これ懐かしい」
ローザはセシルのベッドの端っこに座ったままちょっと背伸びをして、鼻を動かした。 幼い頃から慣れ親しんだバロン料理。
そんなローザを、椅子に座るセシルはにこにこしながら見ていた。彼の視線に気付き、ローザが振り返った。
「何、どうしたの」
「いや・・・君が楽しそうだから」
「そうね、こういう雰囲気は大好き」
「よかった」
ローザはそのまま後ろに倒れ込んだ。新調したばかりの布団から、彼女の母が昔からよくしていた、 香水の香りが少しだけした。それから大きく息を吐く。 あの時、この部屋に来てた時から、随分様変わりしたものだ、何もかも。
横目でセシルを見れば、彼は椅子に腰掛たまま、どこかぼーっとしていた。 絶えず緊張していた戦いの日々の面影はすっ飛んでいて、ローザはちょっと笑った。
「懐かしい」
そうだ、戦いの日々。ローザは目を閉じた。
この料理の匂いを思い出して、よく創作料理を作ったものだと。そしてそれを出したときの、皆の表情、 食べ終わったセシルの青い顔が忘れられない・・・青い顔?違う、いろんな想い出が混ざっているのだ。
「あの料理、覚えてる?・・・ほら、最初に月に行ったとき・・・」
セシルはローザの記憶にある顔と寸分違わぬ表情をした。
「・・・セシル?」
「あ、ごめん、ローザ、あれは独創的だったね」
「そういう形容詞が付くの」
「もう言及はやめるんだ、ローザ!・・・いや、これからは料理人に料理はまかせるから、ね?もう君の手を煩わせないよ」
「あら・・・そうなの?ちょっと残念ね・・・」
そしてセシルは、ははは、と乾いた笑いを返した。ローザは首を捻ったが、彼の言うとおりとりあえず言及はやめた。 しかし、とすれば。
「でも・・・それじゃ女王って随分と退屈なお仕事じゃない。 お料理もできないし、まして外になんてなかなか行けないじゃない。まぁ行こうと思えば行くけど」
「あー、行くんだ・・・」
「政治は・・・この間の処理もセシルがみんなやっちゃって」
「軽いものだったからね」
「嘘よ、近衛騎士団から文句言ってきたんでしょ・・・あの害虫達が」
「えっ、今なんて?!」
今度はローザがほほほ、と笑いを洩らす。こっちは上品。セシルは聞き間違いということに片付けた。
確かに・・・ローザの言うとおりである。長年バロンという国の政治上部を担ってきた近衛騎士団は、 王はともかく、女王が政権を握ることに大変なブーイングを寄越してきたのだ。ローザの本当の力を知らない。彼女はやるってったらやるのに。
セシルが新騎士団長の背後を案じている間に、ローザもまた考え込んでいた。そして、顔を上げて言うには。
「そうよ・・・私が首相になればいいのよ」
「えっ、首相?!」
セシルは思わず椅子ごとちょっと跳ねた。ガタン!大きな音は絨毯に上手いこと吸い込まれていく。
ローザは真剣な目でまだセシルを見つめていた。
「国王と首相がいる国だって珍しくないわ」
「ううーん、でもそうすると国王は」
「そう、君臨すれども統治せず、よ」
「それは僕の方針的に?!」
いつの間にかローザの将来の話からセシルの話にすり替わっていた。セシルの方針的、に?
「でも、ローザ、女王でありながら首相をするのは、ちょっと権力集中過ぎるよ」
「そうかしら・・・じゃ、セシル・・・ごめんなさい」
「こっちを諦めるの?!」
「冗談よー」
ローザはまたここで微笑んだ。これはずるい、とセシルが思う。彼はこれでもう責められない。心臓だけがまだどきどきしていた。なんというドタキャン!セシルが何回か深呼吸をする。それほどまでに。
しばらく、沈黙。階下からリュートが微かに聞こえてきた。姿を見なくても分かる、あれはギルバートだ。
「まぁ害虫退治は後にして」
一曲が終わった辺りで、ローザはようやくベッドから身を起こした。
「後にやるんだね・・・」
「それぞれ呼び名を考えたいと思うの。いつまでも「セシル」「ローザ」じゃ代わり映えしないじゃない」
「そうかな、僕は好きだよ、君が「セシル」って言うの」
「もう、お世辞はいいわ」
そう言いながら、彼女は満面の笑みで彼に答えた。答える方も方である、どちらも何かのオーラが出てる。
ローザは指折りつつ、彼女のいう「呼び名」を暗誦し始めた。セシルは耳を傾ける・・・。
「色々候補はあるわよ、「マイハニー」「マイスイートローザ」「愛してやまないローザ」「ラヴラヴローザ」
「ちょ、ちょっとハードル高いな!」
「そう?」
「うん・・・やっぱり無難に、ローザ・・・がいいよ。あ、ちなみに僕は?」
「・・・ええと、「マイダーリン」「ちょーラヴセシリー」「ラヴリーかぐや姫」「ラヴラヴセシル」」
「途中に何か!何かが!」
何か混ざってた。かぐや姫・・・。
ともかくもその候補を聞いて、セシルは頭をかいた。どことなく恥ずかしい。 今更そんなこといえる身か!・・・と突っ込む人間は生憎この場には居ない。
セシルはローザの気分を損ねないように注意深くそう伝える、彼女はちょっと唇を噛んだ。
「ねぇセシール、つまらないわよ、なにかあった方がいいわ」
「女性通販誌?!そ、それは色々と危ないよ」
「じゃあ・・・太郎と花子・・・」
「太郎と花子?!」
意外な候補にセシルは素っ頓狂な声を上げた。彼がツッコミ寄りになる事態。
動揺したセシルがリアクションに迷っている間に、ローザは通りすがりのネミングウェイを捕まえていた。
「・・・ということで」
「ええっ!ちょっとまってよ、花子!・・・ああぁあー!もう変更されているー!」
「あら、これ意外といいわね」
「よ、よくないよ!考えてごらんよ、これから結婚式だよ?!」
「そうね・・・「あなたは花子に愛を誓いますか?」」
「誓えませんよ!!誰?!」
「ひ、酷いわ太郎・・・私に誓えないの?土壇場になって!」
「ああっ!そうだもう完全に変わってるんだ!ごめん花子、そんなつもりは・・・ネミングウェイ待ってー!」
そして部屋から飛び出したネミングウェイと、ローザ・・・いや、花子を追って部屋を飛び出した太郎は、堪らず大声を上げ・・・
そして、扉の外に居ながらタイミングを逃していたエッジが、つもり積もったツッコミを放ったという。
「ええかげんにせいや!」と。
そんな幸せ近付く、ある日のバロンの話。 |
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