「崖の上の。」






日も未だじりじりと照る、ある秋の日。
机に向かっていたカインは、竜騎士団詰め所から聞こえる笑い声に眉を顰めた。
何かの歌声も・・・隊員が一人、丁度駆け込んできたので捕まえた。

「おい、何だ騒がしい」
「カ、カイン隊長・・・くぷっ」
「・・・?」
「す、すみません、私急いでいるもので!!」
「待て!」

彼は足早に立ち去って行ってしまった。笑い声が再び上がる。
カインは大分イライラしてきて、ついに自ら席を立った。
ほんの短い廊下を通る、詰め所に近付くほど声は高くなっていく。
混じって聞こえる歌もだんだんとはっきりしていく・・・。

「ぽーいんぽーいんぽいん男の子」
「・・・」

カインは頭痛がしてきた・・・。

「軍事国 バロンから やーってきたー」
「・・・おい、いい加減にしろ、セシル」
「ポインだ」
「ポイン隊長!」
「・・・。」

果たして扉を開けると、歌っていたセシルは口を閉じてカインを見返した。隊員達が一斉に振り返る。
カインが睨むと彼らは慌てて散っていき、セシルだけが残った。セシルはゆっくりまばたきをした。
そして再び歌おうと口を空け・・・

「ぽーいん」
誰がポインだ!!!
「カインが」
「俺は改名した覚えはない!!」

ポインて。改名するにしても、もっとましな名前にする。響きが色々とおかしい。
器用に替え歌を作っているセシル。続きが気になるものの、
カインは辺りから聞こえてくるひそひそ声に耐えられなかった。「ポイン隊長・・・」

だから誰がポインだ!!
「まーさっおーな」
気味悪い!!・・・お前、何しに来た。用がないなら承知しないぞ」
「失礼な。歌いにくるっていうのも立派な理由だ」
「失礼な、じゃないだろ!!」
「そしてオマケの用件はこっち」

それからセシルはごそごそと懐を探ると、何か大きな紙を引っ張り出してきた。
カインが覗き込む。上部に太文字が躍っている・・・

「なんだ・・・「合同演習」・・・ああ、あれか。そういえばそろそろだな」
「だろう。今年は大々的にやるって陛下が。だから僕考えてきたんだけど」
「ふーん・・・?」

太文字は確かにでかでかと「バロン合同演習」との言葉。
毎年バロンは、各隊を集めて大掛かりな演習を行っていた。民衆へのショー的な要素を含むそれは、
いつもなら専属のプロデューサーたちが頭を捻って考えている。今年になって赤い翼が出来たことから、
飛空挺?ナニソレ。となった彼らは、陛下直々に泣き付いた。バロン国王は考える・・・飛空挺?ナニソレ。
そうして今年の演習は赤い翼隊長のセシルに委託された。何考えてもいいよ、との大盤振る舞い。
しかしセシルも忙しい。困った困った、と彼はカインと共同で考えることにした。それが春先の話。
貧乏くじを引かされたのはカインだ。飛空挺・・・ナニソレ。

「いいさ、お前に任せる。俺は赤い翼のことはさっぱり分からない」
「でも一応カインにも見てもらおうかと」
「・・・見るだけならな」

カインは大きすぎるが故に丸まった紙を開いた。太文字の下に、副題が見えた・・・瞬間に彼は紙をとじた。

「セシル」
「何?ああ、赤い翼っていうのはバロンきっての空軍部隊で・・・」
「それはいい。これはなんだ」

彼は再び紙を開き、題字の下を指でなぞる。

「「わくわく秋の大運動会」だよ。これがどうしたの?」
どうしたのも何も!!!いつの間に運動会になった?!」
「秋といえば運動会でしょ」
合同軍事演習!!

カインは凄まじい勢いでセシルに詰め寄った。運動会にした覚えはない!!
あまりの剣幕に、さすがのセシルも身を引いた。しぶしぶ、といった表情で首を振る。
それから、「仕方ないな、名前はカインに免じて変える」。
カインは続きを読む気がしなかったが、名前は、と言った限り中身には何かしら自信があるのだろう。
再び紙を大きく開いて読み直す・・・そして、閉じた。

「おい、セシル、俺はどこからつっこんだらいいんだ」
「んー、なんというか、好きなところから?」
「よし分かった・・・どう見てもまるきり運動会だろォ!!!

さすがカイン、全てを総括してつっこんだ。
確かに競技(この時点で既に運動会ムード)は軒並み見慣れたものばかりであった。
違うのは、各競技の下に書かれた参加団体の欄だけか。バロンの誇る各隊の名前が並ぶ、
「大玉転がし、白魔導団」・・・。セシルはムッとしたようにカインに向き直った。

「競技内容をよくみなよ。それはちょっとした前座」
「・・・前座だと」

よくよく下の方を見れば、確かにいつもの演習メニューが見える。カインは気を取り直して続きを読んだ。
「模擬戦」との文字。参加団体は「飛空挺団、竜騎士団、対、近衛騎士団、暗黒騎士団」とある。
人数的にはちょうど釣り合いが取れるのだろうが、組み合わせとしてはどこか妙である。
近衛騎士団はともかく、暗黒騎士団とはあまりやり合いたくないのだが・・・カインは苦い顔でセシルを見た。

「これは、陸上戦だろうな」
「勿論。赤い翼も今回は地上」
「役立たずだな・・・」
「結構彼らもやるんだよ」

カインは再び紙に眼を落とす・・・彼らは勿論全力でかかってくることだろう・・・
なにせ陛下の御膳である。昇進のチャンスだ。赤い翼を守りながら攻めていけるほど易い相手ではない。
なおも彼が考え込んでいると、そこでセシルがあっ、と手を叩いた。

「カイン、上がいい?馬の方がいい?」
・・・
「どっちだよ、早く決めてくれなきゃ赤い翼も決めにくい」
騎馬戦か・・・!!!

どうりで次に「黒魔導団、対、白魔導団」が見えるわけである。カインは机に突っ伏した。

「ただの騎馬戦じゃないよ、何せ模擬戦だ。「あんこく」やら「ジャンプ」やらの飛び交う騎馬戦」
恐ろしいわ!騎馬戦ですらないだろ!
「考えたんだけどね、上の人だけジャンプで飛ぶか・・・
それともいっそのこと騎馬全部がぴょーんと飛んだら凄いかな、と」
「凄いかな、じゃない、んだぞ。分かるか?隊形を組んだままジャンプするのはとても難しいんだ!!」
「・・・カイン、ごめん、僕が悪かったから、元のツッコミに戻って!」

カインはついにツッコミがずれた。セシルが思わず懇願するほど。
血圧が急激に上がったカインは大きく息をついた。そして、脱力。
そのカインを尻目に、セシルは続くプログラムを読み上げた。

「ええっと、「黒魔導団、対、近衛騎士団」で綱引き」
「・・・かなり力的に不公平だろう」

それでもカインは顔を上げて突っ込んだ。非常に律儀な人間である。
いっそのこともう運動会として考えることにしたらしい。彼のツッコミは至極正確なものだった。

「いや、でも黒魔導団もやるんだよ」
「あいつらに力だけで勝負させるなんてな、竜騎士団に魔法で勝負させるようなもんだ」
「・・・ああ、よく分かった。・・・でも、力だけなんて誰が決めたんだい?」
「・・・まさか・・・」
「・・・綱が張ったところでファイアが炸裂です」
酷い!!

酷い、というか、もはやそれは綱引きではない。綱引きに似た何か別の競技である。
そこまで聞いた所で、なおも続けようとするセシルを、カインはとうとう宥める作戦に出た。
ひたすら耳心地のいい言葉でやんわりと止めさせる・・・効果は抜群だ。

「いいよ・・・しょうがない、また考え直せばいいんでしょ!!」
「逆ギレるな!」

セシルははぁ、とこれ見よがしにため息をついて、紙をまた懐にしまった。しかし、少しして「あ」と呟くと、
今度はまた異なる紙を取り出してきた。というか、懐にいろいろ持ちすぎである。

「そうそう、まぁこっちはもう既に参加者を募っちゃったんだけど」
「・・・なんだ?」
「後夜祭」
ますます体育祭!!

今度の紙は先程のよりも一回りほど小さかった。参加者募集中との事、既に決定事項なのであろう。
しかも先のセシルの話を聞くに、こちらは内輪向けのものであるようだ。
そっちも提出する前に見せて欲しかった、カインはもう何がきても驚かないことにした。

「で、なにをやるんだ」
「あー、バカにしてる。結構豪華なんだよ。余興として、団内で1,2を争う若手暗黒騎士の一騎打ち・・・」
「それはなかなか凄いな」
「・・・漫才」
漫才か!!
「あっ、ショートコント?」
どっちでもいい!!

カインはまたぞろ机に突っ伏した。驚かないとかいったけど、無理でした。なんで漫才。
まぁ、後夜祭、の理念には適ってるっちゃあ適ってるけれども。そもそも、団内で争うその座は芸人一位の座?

「これも余興。真打は次」
「もうお前のその言葉は信じない」
「そんなこと言っちゃってー。次はなんとあのミシュエル隊長が」
「あぁ・・・暗黒騎士団隊長?」

信じない、期待しない、といいつつも懲りずに首を上げるカイン。
ミシュエル隊長といえば、士官学校でも「暗黒鬼」と名高かった鬼隊長である。
よって「あの」隊長、というわけだ。セシルは嬉々として読み上げる・・・。

「今流行の芸人一発ネタを披露」
「い・・・痛々しい!!」

可哀想に。何かの罰ゲームであろうか。カインはむしろその隊長に同情した、が。

「いや、これ隊長直々の応募だから?」
痛々しい!・・・なんだ暗黒騎士団は!なんで揃いも揃ってそんな芸人の・・・」
「体張るのが・・・暗黒騎士だから・・・」
そ、そんな重い回答は求めていない!!

そういえば、彼らの「あんこく」は生命力を削り取っていく力である。端から痛々しい役回りだ。
ちょっと暗黒騎士団への考え方が変わったカインは、半ばヤケになって後夜祭計画書を覗き込んだ。
気味の悪い題字・・・セシルは「ちょっとレタリングしてみた」とのことだが、
ホラー系でよく見かける字体に似ていた。これから繰り広げられるのは、ホラー・・・?
その真下、丁度「祭」の下あたり、小さな字で何か書いてある。カインは目を凝らした。

「司会?」
「司会。誰かは分かんない・・・「可憐な白魔導師兼弓使い」だってさ」
「・・・ローザ・・・!」

カインは一発でその司会の正体が分かった。可憐て、自分でいうの?!
セシルは驚いたような表情で彼を見返した。実際驚いていた。

「よく分かったね!」
「当たり前だ・・・いや、それはもういい。だが、あいつがノリ気なら、俺も本腰入れて手伝うかな」
「うそ、ホントに!?ありがとうーカイン!」
「・・・お前のためじゃない
「分かってるよ、ミスターXの為だもんね」
誰だそれは?!

本編のセリフを先取りしたカインに、意外にもセシルは頷いた。そして未確認男性の名前を持ち出してきた。誰?

「それが・・・参加者なんだよ。バロンの人間であるのは間違いないんだけど」
「正体不明か、何をやるんだ?」
「なんでも国家機密スレスレのネタをやるとか何とか」
「・・・国家機密?」

一気にきな臭くなる。カインは疑わしげに首をかしげた。しかし相手はやはり真剣である、ふざけている様には見えない。
カインがなおも不信な表情をしているのをみて、やはりセシルもため息をついた。

「そうだよねー・・・僕も嘘かな?とか思ったんだけど」
「お前が?珍しいな」
「僕だってそういう時はありますよ。・・・でも、陛下が後夜祭に参加されないからなんとも・・・」
「なんだ、参加されないのか」

そういえば、バロン国王はこのところずっと自室に篭っていた。セシルすら通さぬ有様である。
幸い仕事だけは何とか続けているようで、書類だけが秘書にドア越しに渡されるのだそうだ。

「風邪で寝込んでおられる」

セシルはそれでも陛下の部屋に頻繁に行っていた・・・通されないことなど覚悟のうちである。
そしてやはり追い返されるのだ。しかし、声は時々聞こえるんだ、とセシルは言う。

「最近よく聞こえるよ。「このネタはギリギリアウトか?いや、いってしまえ!」とか「しかしオチが思いつかん・・・」とか」
ミスターXがおられた!!

カインは思わず叫んだ。おられた!
国家機密な訳である。本人そのものが国家機密のようなものだ、それが後夜祭ごときでぶっちゃけられては堪らない。
誰?と興味深げに聞いてくるセシルは放っておいて、とりあえず後でそっと進言しておこう、とカインはそっと思った・・・。

「ねぇ、誰なの?」
「いや・・・俺の気のせいだ。分からない」
「なんだ」

彼は今のでどっと疲れた。そもそもなんでこんな後夜祭計画に付き合っているのかも分からない。
さっさと切り上げようとカインはセシルに振った。疲れたように首を回す。肩がコキリとなった。

「・・・で、まぁそんなかんじだな」
「え、何。これからが面白いのに・・・近衛騎士団のコーラスとか赤い翼のハンドベルとか」
「ぐっ・・・気になることは気になるが、俺はもう勝手にしてくれという気持ちで一杯だ。どうせそれで終わりだろう」
「・・・まぁそうだけど。あと竜騎士団がラインダンスしてみんなでフォークダンスでおしまい」
「・・・今なんていった?

カインはそのままの姿勢で固まった。
今、何かとんでもないことが聞こえた気がする。・・・気が、する。

「え?みんなでフォークダンス」
「・・・その前」
「竜騎士団のラインダンス」
竜騎士団のラインダンス?!

そうして凄い勢いで振り向いた。いつの間にそんな計画が!!
見る間に青ざめていくカイン、セシルはあれぇ、と首を傾げる。
何か彼は知っているようだ、カインはドラゴンも裸足で逃げ出すほどの迫力で彼に詰め寄った。

いつ?!どうして?!そんな話?!
「わあぁ、カイン、文法面白ーい」
「面白ーい、じゃない!!俺は知らないぞ?!」
「え、そうなの?副隊長のアルフレッドがさ、こないだ隊長に内緒で、とかいって僕のところに計画書を。あっ」
副隊長ォ!!

一声叫んで、カインはその勢いのままからだの向きを変えた。辺りで団員がわっと逃げていく様子が見える。
しかし、窓からとりあえず副隊長を探し当てて向かおうとした矢先、後ろ髪を引かれた。即物的な意味で。

「ちょっと待って、これにサインしてよ」
「なんだそれは?」
「チーム「崖の上」。僕とローザとカインのショートコントを」
やらん!!

そうして風と見紛うばかりの速度で彼は部屋を抜けていって、
一人残されたセシルは、ぽかんとした表情でゆっくりとまばたきした。
窓からは秋の日差しが降り注ぎ、中庭の木々が鮮やかに色づいてきている。美しい穏やかな秋の風景。
その向こうでは竜騎士団の阿鼻叫喚図が繰り広げられているが、
まぁとりあえず、と彼は器用に筆跡を偽造してカインの欄にサインした。











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