『おいしいたこ焼きの作り方』





携帯のアラームに跳ね起きると終業時間はとうに過ぎていて、
パソコンには相変わらず書きかけの報告書が、暇そうに写っていた。
いつもの、セリスお気に入りのドラマを知らせるアラームである、
もう役に立たないそれをボタン連打で止めた。
ロックはどうもこっちを見ている部長の目を避けて、
適当に書類の末尾に言葉を足すと、一気に保存、これでお仕事もおしまいだ。
携帯に目をやると、随分前にメール受信、一件、
一行だけのメールは受信確認画面で十分に読めた。 

「今日、遅くなります。先にご飯食べていて下さい」

 セリス、差し出し人の名前は読まなくても分かる。
日ごとに忙しさも異なる自分と違って、彼女は毎日遅くまで働いているようで、
この内容もいい加減見飽きたものだ。
さー夕飯どうしようかなーと立ち上がって、
ロックは愛想も良くバナン部長に挨拶をすると、
足早に部屋を立ち去った。

 

(なんにも家にない)
帰り道を頭で辿って、なかなか来ないエレベーターを待つ。
直前で引き返していったものにむっとしたりして、ようやく来た一台に乗り込んだ。
(遅いっつってもいつも飯食ってこないしな)
二人分の夕飯でも作ればいい話だ。途中にあるスーパーはまだ空いてる。
食材のことをぼんやり考えているうちに一階ボタンがぴーん、と光って、
ドアが空いた途端、受付嬢の嬌声が耳に入ってきた。

「またそんなこと言って・・・」
「いや、君の顔を見ていたらあっと言う間に時間が過ぎたようでね」
「うわぁ、まさかこれは」

 案の定、というか、見覚えのある金髪の男がカウンターに寄りかかって、
照れて微笑む女性にちょっかいをかけていた。 

「噂をすれば、お出ましか」 

男は芝居がかった仕草で振り向く。エドガー、それがこいつの名前であり
一社の社長である彼だが、こうして時々ここの会社まで出向いてくる。
ロックはエレベーターから降りて二人に近づいた。受付嬢は困ったような笑顔をこっちに向けた。

「何?なんか用かエドガー」
「なんだ、用も無ければ我が友人にも会えないのかね?」
「俺を口説いたってなんにもでねえぞ」
「気味の悪いことを・・・なかなかいいのが手に入ってね」

薄く赤い瓶を二本、これ見よがしに振って見せた。
これ見よがしである訳である、随分と珍しいワインだ。
それを見て目を丸くするロック、口まで丸く開けてエドガーの顔を覗き込んだ。

「おっ前まさかこれ」
「友人夫妻と飲み明かそうとの提案だ。どうかい?」
「凄ぇな、どこで買った?いくらだったんだ?」
「ちょっと寄った店で出会った。ひとめ惚れ、というやつだね。私の悪い癖だ」

そうしてエドガーは受付嬢をちょっと振り返って笑った。
彼女はぽっと赤くなる。ロックは少しげんなりした。

「野暮なことは聞くなよ。値段は秘密だ」
「あっそう・・・でも今日はセリス帰ってくるの遅いぞ。待ってるか?」
「そうか、じゃあ一人で寂しいお前の相手でもするか、久しぶりに積もる話もある」
「だから俺を口説いたって」
「口説いてない」

笑顔の受付嬢に送られて、二人は自動ドアをくぐる、
クーラー境界線がはっきりとでもあるようだった。突然熱気があたってくる。
玄関に近い道路上で、黒塗りのリムジン、その側に運転手らしきひとが立っていたが、
エドガーが軽く手を振ると、会釈して車に乗り込み、あっという間に去っていった。

「いいのか、俺歩いていくけど」
「構わないよ、彼も無口なもので辟易していたんだ」
「何だよ、だったら俺に譲ってくれても」
「いつでも言えば乗せてやるよ、ただとは言わないが格安でね」
「金取るのかよ!」

ロックはこれが『フィガロコーポレーション』の経営力か、とちょっとぞっとした。
フィガロ・・・高名な機械会社だ。
その社長たるエドガーとこうしてぼてぼて歩いているのも不思議な気分である。
ロックのマンションは、彼が徒歩で通勤できるようにセリスが地区中を探し回って見つけたもので、
大きな道路に沿って歩けばいい。結構いい立地条件だ。ロックは随分セリスに感謝している。
暫く歩けば大きなスーパーが見えた。エドガーに声を掛けて、ロックは涼しい中に駆け込んだ。

「生き返るー」
「ああ、確かに、こう暑くてはね・・・ロック、何を買うんだ」
「今日の夕飯、ネギと、小麦粉と、タコ」

そう口に出しながら、ロックは早々と野菜コーナーに向かっていた。
買うものはまずネギである、そのラインナップを聞いて、エドガーは少し首をかしげた。

「それは・・・たこ焼き、か?夕飯にしては珍しいな」
「ベクタじゃ普通に食ってるってよ。最近食いたそうにしてるからさ」
「ああ・・・」
「なあこれどうだ、モブリズ産のネギ」
「いいんじゃないか」

今さり気に聞いたサプライズに気をとられながらも、エドガーはネギに目を向ける。
「私が作りました」マークに、にっこり笑った少女が写っていた。
儚げな印象の割に、たくましいネギである。死んだ土地と言われていたモブリズだが、
いつの間にか多角的農業展開をしている。たくましい土地だ。

「そうか、セリスはベクタ出身か」
「だからケンカ腰とか怖ぇえぞー」
「あの美しい顔からは想像できないがね」
「またんなこと・・・ほら、タコだ。レテ川産・・・川タコ・・・?」

結構妙な色のタコをロックが摘み上げて、カゴに放った。
最後の一匹だったようで、空になった売り場を、遠くから魚担当のおじさんが満足そうに見ている。
幸い小麦粉はセール中、あちこちに置いてあった。エドガーは手近な一袋を取った。
産地・・・ジドール?貴人の街だ、小麦の広い産地にしては妙である。
というか、なんだか包装から変な感じもするが、ロックの手が横からその袋を掠め取った。

「サンキュー」

それからロックは、無造作にタコの上に袋を入れた。
エドガーからの視点では、ロックに近い所、カゴの結構な空きがあるのだが、
彼は目の届くところにぽんぽん物を置いていく。自然、品物は積みあがる。

「お前・・・それはどうにかならないのか」
「ならないな、多分」

エドガーはため息をつくと、感じた違和感を振り払い、レジを通るロックの後を追う。
品数も少ない、支払いはあっという間に終わった。
二人げんなりしながら再び外に出る。あとは家まで少しとはいえ、この暑い中を通るのはやはり辛い。
口を開くと暑くなる。ロックが訳の分からない理論をぶっていたのは去年の話だが、
それがまだ生きているのか。道中、彼はずっと無言で早歩きを続けていた。
エドガーも彼にあわせ、自然と速度も上がる。
それに釣られてかロックの足運びはまた速くなる、エドガーも釣られる、
最後にはお互いほとんど小走りでエレベーターホールに駆け込んだ。

「・・・」
「・・・」

エレベーターホールは涼しくなかった。結構古いマンションなので仕方ない。
蒸し風呂のようなエレベーターの中、二人は拷問のようだとまでも思い、
部屋の階に着くや否や、ドアを蹴破る勢いで飛び込んだ。

「あちぃー」

蒸しきった部屋は、なかなか涼しくならないものだ。伸びていた座椅子までもぬるく感じる。
さらに誰もいなかった部屋の空気は淀んでいる。呼吸のたびに埃っぽさが喉につく。
どちらにしたものか、換気とクーラーを暫く逡巡したが、
暑さに耐えかねたロックは、大人しくクーラーのスイッチを付けた。

「ようやく着いたか、ロック、グラスでも頼むよ」
「はいはい」

まだセリスの帰宅までは時間もあるし、彼はそんなに空腹でもなかった、
先にお待ちかねのワインでも飲んでおこうと、
彼がリビングに背を向け、戸棚を開けた、その時であった。

タコを食べようとする者に、死を!!!!

唐突に叫び声が上がった。
この場に居る者といったら、自分と、そしてエドガーである。
自分じゃないとしたら、まあ他者であろう、ロックはコップを手に取るのも忘れ、大急ぎで振り向いた。

「ちょっ、エドガー、お前なんてことを」
「私じゃない!!!」

わたしじゃない、エドガーは二回目は落ち着いた声で言い直した。
そして、真っ直ぐに卓上の何かを指差した。むくむくむくー、と、先程買ったタコが膨れ上がっている。
それはパックをすぐに破って、なかなか面白いサイズになったかと思うと、
指?を二人に突きつけてまた叫んだ。

「お前ー、タコ食べる気だろー!!!」

先程の声の主が明らかになった。このタコだ。
エドガーは腕を組んで、軽く頷いた。

「そりゃ、まぁタコだからな」
「ヒドイー、ゆでたこどころか焼きタコですか!!」
「たこ焼きだがね!」

ロックはただ、なんでエドガーこんなに落ち着いてタコと会話してるんだろう、と思った。
それどころかツッコミとか入れてるよスゲー、とも思った。
タコは交戦的だった。触手をうねらせて、二人に向かってくる。落とした花瓶が、ラグに水溜りを作った。

「ゆるせないー!」
「ちょ、エドガーァア!なんか来た!!」
「落ち着け、この時のために持ってきた甲斐があったというものだよ」
「何を?!」

何故かエドガーは落ち着いていた。焦るロックの見守る中、ごそごそと懐を探りはじめる。
タコはもうすぐそこまで来ている、ロックはそわそわと両者を交互に見た。

「まあ見ていろ、これが回転・・・・・・」
それはダメだろう!!家壊れるって!
「回転キリなのだがダメか」
キリーーー?!!

そして地味な工具を取り出したエドガー、
彼はキュルキュルと音を立てるキリを手に、タコに近寄っていった。
そして腕の一本に半径1ミリの精巧な穴を開ける。見ていたロックはさーっと青ざめた。

「それは痛い!ノコギリじゃなくても充分に痛い!!」
「そしてタコでも痛い!もう何なんですか、来た途端にこの仕打ち!」
それはこっちのセリフだよ!!!

帰ってきた途端にこの仕打ち。少しは休む暇も欲しかった。
穴の開いたタコはぷんすか怒ると、目にも留まらぬ速さで窓まで走り?去った。

「おっと、タコが逃げるぞロック」
「もういいよアレは!構わないでやれよ!!」
「そういうことでーす。さよーなら」

そして器用に鍵まで外したかと思うと、都会の闇夜にさっと姿を消した。
全てあっと言う間の出来事である。夢かと綺麗に終わらせたかったが、
ラグの上には染みが残っていたし、キリのオイルの臭いが部屋中に漂っていた。
嫌な夢だった、とロックが無理に口に出したとき、
再びタコが姿を現し、口?の辺りに手を当てて大声で叫んだ。

テュポーン先生ッ!!!

そして今度こそ完全に姿を消した。近所迷惑なやつである。
ロックは気配が完全に消えたことで安堵した、そして窓を静かに閉めたが、
入れ替わりにエドガーは真っ青になった。

「はあー、ようやく・・・」
気をつけろ、ロック!タコは去り際に仲間を呼ぶと聞いたことがある!」
「少なくとも現代設定では聞いたことがねぇええええ!!!」

そんなこと聞いたことが無い。断じてない。しかしエドガーはきっぱりと断言した、気をつけろ、と。
そして、ロックの叫びが消えるか消えないかのうちに、
ばひゅーーー、と凄まじいまでの音が部屋中に響いた。
それから、なにか粉が一気に落ちるような、ぼすっ、と言う音・・・
背後の様子が想像できて、ロックは本気で振り返りたくなかったが、
がしゃーんとまで聞こえては仕方なかった。嫌々振り返ると、彼の想像と寸分違わぬ光景が広がっていた。
・・・いや、ひとつ、予想外のものがあった。巨大な小麦粉の袋が、宙に浮かんでいた。

「ちょ、ああもう、現代パラレル!!!!
「くっ、やはりあの小麦粉だったか・・・」
やはりという反応!!

エドガーは、見抜ききれなかった自分の不甲斐なさに歯噛みをしているようだったが、
ロックはそれどころではなく、根本的なところにツッコんだ。
小麦粉袋が息をする度に、白い粉が部屋中を舞っていた。早くどうにかせねば、
救いを求めるようにエドガーを見ると、彼は神妙に頷くと、細長い筒を取り出した。

「頼むから何とかしてくれ!」
「・・・仕方が無い、オートボウガン!」
ここマンション!!!
「エアーポンプ式、動力源はブレス」
「もうなんでもいいから!!ああでも家壊さないで!!!
「要するに吹き矢だな」

そして、その筒を袋に向けて、ふっとやった。
ロックは「アナログ!!!」という叫びを飲み込んで、成り行きを見守った。
穴の開いた袋の末路は、簡単に予測できるものだ、盛大に吹っ飛び、
ロックがそっと窓を開けると、そこから夜空まで飛んでいった。

「・・・」
「・・・」

二人無言で空を見上げた。
はは、星がもう一個増えたようだね、さわやかに言い切ったのは無論エドガーだ。
ロックとしては、ラグに散らばる星を見たくは無かった故に、夜空を見上げている訳である。
しかし、逃避の猶予は無い、ロックは神妙にエドガーに向き直った、エドガーも真顔になって彼を見返す。
セリスが帰ってくるまで、あと僅か。遠くに聞こえたエレベーターの到着音を合図に、
二人はもの凄いスピードで動き始めた。






そしてまもなく帰ってきた「業務の常勝将軍」ことセリスの鉄拳で、二人揃って沈んだ。
部屋中に散らばった小麦粉は、そう簡単に綺麗に出来るものではなかったということだ。
その後、ロックの神がかり的な「ネギの炒め物」と、
エドガーの手土産ワインで何とか彼女をなだめたものの、
「ベクタ弁で責める彼女は確かに恐ろしかった・・・」
と、エドガーが弟マッシュに話したのは、ようやく三日たった後だという話である。










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